私の似顔絵
(辛亥新春、昭和58年に
描いてもらいました。)
 でんじろうコラムへようこそ。
 
 余寒なお厳しい2月初旬。
 醤油業界の新年宴会の翌朝、臼杵の石仏に手を合わせた後、親しくしている同業者のMさんが神社の鳥居を見つけて、
 「ミヤジマさん、“トリイ”とは何でしょうか・・・、やっぱり“鳥”」と関係あるんでしょうかね・・・」
 「そうですね、神武天皇の東征を導いた“八咫烏(やたがらす)”とも関係しているのでしょうかね・・・」
 と言葉を交わした。数日後もその好奇心は消えず、ニワカ勉強をはじめて驚いた。
 
“トリヰ”に想う
唐津神社の鳥居
 
 日本人がもの心を着くころには、トリヰ、を眺め、神社の境内でよく遊んだものである。
 だから、トリヰはお宮には当然“存在”しているもので、何故、トリヰというのか、その起源は何か、とは少しの疑問ももたず、「あるのが当然」と思っている。
 
(一)鳥居の語源
 二、三の文献を繙くと、トリヰの語源、起源は紛々である。「トリヰ」の漢語も数多い。
 鳥居 天門 華表 額木 雞栖 鳥井 華極 神門 雞居、等々  
 
 一方、いろいろの国語辞典でトリヰをひいてみると、
○神社の入口に立てる門、2本の柱の上の間隔より長い横木、すなわち、笠木を渡し・・・。(岩波国語辞典)
○神社の入口に立てる門、の形をしている。(三省堂新明解辞典)
 ・・・等々、ほとんどが同じように表面的な説明にとどまり、その由来、意義に立ち入った説明は見当たらない。
(二)鳥居の起源・・・外国からの移入説
 さらにトリヰの起源を主張する諸説を探ってみるとますます賑やかである。
1.まず外国からの影響を受けたものとして、古代インドの垣の門、Torana(塔門)・・・トラーナと発音することと、形が似ていることからトリヰの源とする意見。
2.中国の華表(花表とも書く)、「宮殿や墓所などの前に、あるいは大きな路が交わる所に立てられた標柱」をトリヰの起源とする説。
3.朝鮮半島の紅箭門(フンサルムン)、墓や廟、宮殿の前や林落の入口に建てる紅色の門、とする説。
4.その他、タイ国の高門(ソム・プラト)、等々。
(三)トリヰの起源・・・日本民族の独自説
 これらの外国からの移入説もあるが、トリヰは日本独自のものだからと、その起源を日本に求めるとなると、これまた数多い意見がある。
1.まず、原始時代に、自らの身を守るために、垣で囲い入口に2本の柱を建てたのがはじまりとする説。
2.文献的には皇大神宮儀式帳に「太宮壹院・・・於不葺御門(屋根がない門)・・・云々」というのが、日本最古のトリヰの形ではないか、という説。
3.神社に参詣するとき、トリヰを通るので「通り入る」を約して“トリヰ”、または神社に一般臣民が参拝するときトリヰをくぐる「臣(トミ)入(イル)」からトリヰとなった。
4.古墳に入り、羨道(石室に至るまでの道)から石室に入るが、その「羨門」の形がトリヰに似ているから・・・という説。
5.住居のなげしの下の横木を鴨居(かもい)というが、その鴨居と同じ意味という説。
6.日本神話の引用から説明する説として、天照大神が天の岩戸に隠れられたとき、八百万(やおよろず)の神々が天照大神が出てこられるのを願って長鳴鳥(鶏)を横木にとまらせて泣かせた・・・ご年配の方にはおなじみの神話。このことから、鶏栖(とりゐ、鶏棲木)となった説がある。
 だから、神社があれば必ず鳥居ありという説。この鶏栖説には数多くのバリエーションがあるとのこと。
7.その他、古代では身分の低い人を鳥といい、主人のお供をしてきた、そのような人をトリヰの前まで来て、神社の中に入らせず“お前はここに居れ”と命じたことから“鳥居”と呼ぶようになった・・・慣習を語源として転用したいささか強引すぎる説である。
 
 以上、いずれにしろ、トリヰを説明するには少々無理なようである。
 ただ、「トリヰ」という言葉があり、その後、トリヰを漢字で表現しようとし、その漢字から語源を見つけようとしたので、諸説はますます混沌としたのではなかろうか、と主張されている「鳥居の研究 根岸栄隆 著」の説明は肯ける。となると、トリヰの意味は?となるが、「ト」は戸、門の大和言葉、「リヰ」はなんだろうかと疑問は続く。
(四)鳥居の種類と数
 日本特有の鳥居は、全国でいくつもあるだろう。手もとの文献には鳥居を数える単位としては、棒状の長いものは普通“本”だが、「基」と数えたほうが神社の荘厳な雰囲気にふさわしいとのことで基と称する。
 全国で「何基」あるのだろうか。
 神社本庁(宗教法人)の傘下、神社(法人)の数は約8万、従って、鳥居の数は1社で2基としても15万基以上あることになる。さらに、お稲荷さんのように、たくさんのトリヰがある神社や献納されたトリヰもあるので、その数は莫大なものだろう。
 その鳥居の種類は64を数えるといわれるが、大きく分類して、神明系、明神系に分かれている。
 その典型的なものを紹介させてもらうこととする。
 
神明系 伊勢鳥居 明神系 住吉鳥居
直線的。伊勢神宮、熱田神宮、靖国神社等。 笠木と島木の両端がそりあがって曲線美を表している。
(五)鳥居にまつわる思い出
 ここまで、文献を開きながら幼き頃の日々を思い出している。
 ときは、昭和10年頃、戦前から戦後(昭和20年)まで、“神国日本”と称していた時代、事あるごとに、唐津くんちの中心である唐津神社(明神さん)に参詣し、唐津天満宮へは習字を納めたり、金毘羅さんは母校外町小学校の上にある、お祭りには奉納相撲を楽しんだりした。時には神社のお庭で小石を集めてきて、その小石が笠木(島木)の上に止まれば願望が達せられると、20~30ヶぐらい下からふわりと投げ、うまく乗っけることができると、ワッと大喜びしたものだ。
 また、死亡した人の家族が、忌明け前に鳥居をくぐると災いがあると信じられたようで、学校ではお参りするとき、1人、2人は鳥居をくぐらず、待たされていた、といった記憶がよみがえってきた。今の世の中でこんなことを信じる人はないであろうが、子供心でも不思議に思っていた。
(六)神社と日本民族
 しかしながら、鳥居の前で立ち止まって、頭を下げる人々はよく見かけるし、また何かあれば近くの神社へ二礼二拍手一礼すれば、何となく心は落ち着く。
 お正月に3社参りをする方々には御承知の通り、神社は賑わう。
 鳥居とは何だろう、などとはこの年になるまで考えてもみなかったが、友人のひと言で思いつき、鳥居を考えてみて、私たちの生活には長い長い何かが連綿として継続していることを、今さらながら思い直している。
参考文献
 「鳥居の研究」 根岸栄隆 著 第一書房
 「鳥居―百説百話」 川口謙二 池田政弘 池田孝 著 (東京美術選書)
 「鳥居」 稲田智宏 著 (光文社新書)
 「日本『宗教』総覧」 山折哲雄 著 新人物往来社