【日光街道 北行】
ウォーミングアップ 東京〜秋葉原
 
 この企画を東京起点で開始するにあたって、唐津発祥の企業、唐津出身者としては、地元唐津が輩出した建築家 辰野金吾(1854年〜1919年)が設計した東京駅から始めるのが礼儀というものであろう。辰野金吾について詳しくはこちら。
 
 東京駅丸の内口で皇居を臨む駅舎は、建設当時の姿に復原するための工事中であり、残念ながらその雄姿を拝むことができない。完成は2012年とのこと。それまでは、工事フェンスに描かれた完成図で想像するしかない。   
 
 
 
   駅前の街路樹の表皮が何だか変なことに気付いた。この木の名はイボイボの木という(でたらめ!)
 この写真の木以外では、幹から若い葉が出ている木もあるので、この突起から新しい芽(出たら芽!!)が出るようでもあるが、なんだかわからない。
 
 
 東京駅から北へ少し歩くと常盤橋公園と、そこにある常盤門跡。江戸城から奥州・常磐方面へ開いた門である。江戸城の住人ではなくとも、これから北へ向かって出発する者としては、この門から出るのがふさわしいであろう。
 大手門や桜田門などに比べると知名度は低いが、なかなか堂々とした石垣が残っている。
 
 
   門を出ると常磐橋。歴史を感じさせる古い石組みの橋で、現存するのは明治10年建造のものである。
 
 常磐橋を渡ると、すぐ右前が日本銀行本館。これも辰野金吾の代表作(1896年完成)である。 この建物を上から見ると「円」という字になっていて、さすが日銀!というのが、TVでも紹介されてちょっと有名になった話のネタである。辰野氏がそこまで考えていたとしたら驚きだが、当時「円」は旧字体の「圓」だったので、この話は単なる偶然だとのこと。
 
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 ちなみに、日銀の創設は1882年(明治15年)で宮島醤油創業と同じ年である。
 日銀の向かい側には貨幣博物館があり、入場無料という案内に惹かれて入ってみた。古今東西の貨幣・紙幣や、大判小判がざっくざくと展示してあり、お金好き(意味が微妙)にはたまらない内容であった。
 
 
   神田駅東口から北東へ延びる通称平成通りの右側は神田富山町。江戸時代には醤油問屋があったという案内版が木桶のオブジェとともに立っている。江戸の先人たちはここで商売をしていたのか。その伝統は当社がしかと受け継がさせていただくぞ。
 
 神田富山町の向かい側が、営業所のある神田東松下町。営業所から徒歩3分で北辰一刀流の剣豪千葉周作の道場、玄武館の跡がある。隣には学問所もあり文武両道の拠点であったという。
 
 
 江戸時代この一帯には大きな池があり、お玉という娘が池に身を投げたため、お玉が池という地名になった。ビルの間にひっそりと、お玉さんを祀った神社もある。日本で初めて種痘が行なわれたお玉が池種痘所は、今は民間のビルの壁面に碑が立っているだけだが、東京大学医学部の前身である。  
 
   ことほど左様に、ここ神田の地は江戸時代には日本の学問と武術の中心であり、また、醤油販売業も営まれていたという、技術立社を掲げて社員教育に力を入れる当社営業所の立地としては、まことにふさわしい場所である。営業所員には、この歴史ある地を汚さぬよう日々精進して欲しいのだが、どうであろうか。(どうだかなあ。)
ビル4階にある東京営業所とその面々
 
 神田川である。南こうせつの ♪あなたは〜も〜ぉ忘れたかしら〜♪である(古いっ!)。
 川沿いには、大事なお得意先様の白いビルが見える。
 
 
 
 神田川にかかる和泉橋を渡ると、おたくの聖地、AKB文化の拠点、秋葉原なう。
 周囲から一段低くなっているこの小さな公園は、江戸時代には水路だったところで、周りの石垣は当時の岸壁の名残である(と、NHKブラタモリで言っていた)。今は秋葉原に群がる種々雑多な人間の休憩所・喫煙所になっており、公園という明るい響きとは異なり、一種近寄り難い雰囲気である。  
 
 
 これにてウォーミングアップは終了、次回はいよいよ日光街道をスタートである。
2011年1月
 
今回の走らんか!スポット

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