【日光街道 北行】
3区  北千住〜草加
 
 一か月お休みしている間に季節はすっかり春になり、桜も、ソメイヨシノはいつもの年より静かに咲いて、すでに見頃は過ぎてしまった。新学期・新年度になったことだし、気持ちを奮い立たせて走り出そう。
街道沿いの民家に咲いていた紅白の八重桜
 
 
 千住の街を抜け、荒川を渡る。鉄橋の向こう側に見える立派な建物は、小菅の東京拘置所だ。前回、前々回と江戸時代の牢屋敷や刑場跡を訪れたので、現代の拘置所についても、遠くからではあるが触れておかねばなるまい。地上12階地下2階建、約3000人収容だそうだ。皆さん、くれぐれもお世話になりませんように。   
 
 荒川の土手を走るフルマラソン大会に、荒川市民マラソン(今年から板橋CITYマラソンに名前が変わったが震災の影響で中止)がある。3月の開催だが、強風に見舞われることが多い。私は、2006年の大会に出場したが、後半になって春の嵐が強烈な向かい風となって吹き荒れ、「まっすぐ歩くことさえ難しいのに、走れるわけないだろっ!」と空しく叫びながら撃沈した。私のような、せーたかひょろながランナーは風に吹かれると飛ばされるのだ。
 大変な強風だった証拠に、大会のために設置された簡易トイレの列が風に煽られて倒れる、という悲惨な出来事が起きている。その時トイレの中に人はいなかったのだろうか、ドアを下にして閉じ込められたらどうなっただろうか、あぁこれ以上想像するのはやめよう。
 
 
 ここからは旧日光街道を一路北上し、1318年の創建という島根鷲神社に立ち寄ってお参りする。ランニングウェアにリュックという私の姿を見た神主さんから、「遠くからいらしたんですか。」と声をかけられて、「いやいや、それほどでも。」と答える。実は日光街道を全部走ろうとしている途中で、と説明すれば話が弾むのだろうが、どうも初対面の人と話をするのは苦手である。
   境内に大きな灯篭が立っている。堂々とした見事な安定感で、巨大ではあるが威圧感はなく、どことなく愛嬌のあるこの姿は、そう、“となりのトトロ”の雰囲気に通じるものがある。
 トトロ?トーロー?・・・となりの灯篭(爆)。
 灯篭の脇にはハート型の葉をした木があり、説明板によると、アイゼンカツラ(愛染桂)という種類で、縁結びのご利益があるという。昔むかしそんな題名の映画があったらしいが、さすがに私の年代ではない。♪は〜な〜も〜嵐も〜踏〜み越えて〜♪、である。何だ知っているではないか。
 
 
 毛長川を越えると、やっと東京都から埼玉県に入る。近くに大きな荒川があるのに、何故こんな小さな川が都県境になっているのか、と疑問になるところだ。地図を見ると、まるで足立区を無理やり東京都に入れるのが目的かのように、複数の小さな川に沿って都県境が北へ膨らんでいるのがわかる。
 そもそも関東平野の河川は、氾濫と改修が繰り返されて流路が変わっており、行政区分と現在の地勢が合っていない。先ほど渡った荒川の下流部分は、もとは荒川放水路という名前で大正から昭和にかけてできた人工河川であり、その後、その放水路を荒川と呼ぶことにしたため、今の荒川は荒川区を流れていない、という妙なことになっている。
東京と埼玉の境 毛長川
   東日本大震災後の計画停電の際、東京23区は原則として停電の対象外とされたが、荒川区と足立区の一部は例外としてしっかり対象区域に入っていた。東京電力の送電経路は、この地域を実質埼玉県として扱っているのだろう。
 
 
 日光街道二番目の宿場町、草加に到着する。草加といえば草加せんべいが有名だが、それについては次回にしよう。そうか、そうか。
2011年5月
 
今回の走らんか!スポット

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