【日光街道 北行】
6区  春日部〜杉戸
 
 突然だが、夏野菜を並べてみた。写真の左下のなすは、我が家で一本だけ植えた苗から収穫したもので、ほとんど手入れをしなくても立派にできた。そんなことより、なすにきゅーりととまととぴーまんをたしたよりももっとながくてしんぶんしからはみだしたながいぶったいはいったい何だ、と気になるであろう。
 これは福岡のスーパーで買ってきた熊本産の長なすである。普通はこの半分くらいの長さがあれば立派な長なすといえるが、九州、特に熊本における長なすとはこんなものだ。身が柔らかいので焼きなすに最適なのだが、家庭ではこの姿のまま焼くことが困難なのが唯一残念な点である。
 
 
   春日部市街を抜けて国道4号線に合流する。宇都宮まであと71km。まだまだ遠いのは確かだが、フルマラソンを走るようになってから、距離に対する感覚が変わってしまった。日頃から練習で10km、20kmを平気で走っているので、少々の距離に動じることはない(と強がってみる)。
 
 
 埼玉県北葛飾郡杉戸町に入る。道路沿いで見かける杉戸町の町章が鳥の形をしているのはなぜか、なんとなく気になっていたのだが、杉戸町の形が、翼を広げた鷲の姿に似ていることからそうなったとのこと。それだけなら「あっそう。」というレベルの話だが、杉戸町出身の著名人に製薬会社の元社長上原正吉氏がいて、おなじみの“鷲のマークの大正製薬”は、氏が自分の故郷に因んで会社のマークを鷲にしたからだ、という。「なんとすばらしい郷土愛!」と言うべきかと思うが、これはネット上の辞書Wikipediaにのっていた説で、本当かどうかこれ以上は調べていない。
 多くの市町村が合併した、いわゆる平成の大合併を経ても、杉戸町が今もそのまま残っているのは、 町民がこの鷲の形に深い愛着を持っているからに違いない。と、勝手に想像する。
 
 
 国道沿いに地球儀のモニュメントがある。ここがちょうど北緯36度線上にあるということで、“すきすきすぎーと36”と名前がつけられている。このネーミングは、いろいろ検討された結果なのだろうが、ちょっといまいちと思うし、地球儀以外に何があるかというと、他には何もない。横にある果物生産農家のおばさんが、熱心に梨の袋かけをしていた。  
 
 
   宿場町に入ると古い立派な民家が多く見られる。特に昔ながらの風格を残した酒屋さんが何軒かあって目を惹かれる(写真は関口酒造さん)。このたたずまいに惹かれるのか、単に酒に惹かれるのか、両方であるが、どちらかというと後者かもしれない。
 
 
   町の中心部にある明治天皇御小休止跡。明治9年に天皇が奥羽御巡幸の途中、5分間休憩されたとのこと。5分間ご休憩されただけで記念碑ですか。では私も天皇にあやかってここで休憩、と思うがそんな場所はなく、しかたなく写真だけ撮って通過する。
 
 
 杉戸宿に別れを告げる。こんな場面にふさわしい歌があったな、♪いつ〜しか年も杉〜の戸を〜♪と馬鹿なことを考えつつ、次の宿場幸手を目指す。
 しかしながら、同伴者が今日はもうこれ以上進めない、とギブアップ宣言をするので、東武日光線杉戸高野台駅に着いたところで本日は終了する。その日の体調と気分によって、予定をいかようにも変更できるのは、公共交通機関に沿って走る区間の良さである。
   電車の待ち時間があったので、ホームで食べ物を探して寄ってくる雀を観察したり、通過する特急電車を撮ったりして暇をつぶす。この列車は日光に向かう特急スペーシアだな。と、にわか鉄道撮影マニア(撮り鉄)になる。
 
 酷暑と節電の夏はまだまだ続く。「この暑さの中でも走るんですか。」と聞かれることがあるが、「もちろん。オリンピックや世界選手権は夏に開催されるので、暑さに強くないとだめなんです。」と答える。自分のレベルをわきまえない、あまりにも身の程知らずの答えで、聞いた方を絶句させてしまうのだが、実際のところ炎天下を汗どろどろになって走るのは、自虐的快感があって嫌いではない。
 しかし家族からは、これだけ熱中症に注意と騒がれているのに、本当に倒れたら恥ずかしいからやめて、と言われている。まったくごもっともな指摘なので、ほどほどにします。
2011年7月
 
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