【日光街道 北行】
10区  間々田〜小山
 
 犬のひとり歩きはいけませんね、たくさん友達を誘って群れで行動するとか、ドーベルマンくんといっしょに歩くとかいたしましょう。そんな趣旨でないことはわかっていても気になる、栃木県動物愛護支援センターからのお知らせです。
 
 
 今回はJR宇都宮線の間々田(ままだ)から小山(おやま)まで、電車に乗ればたった一駅の区間を進む。一駅とはいえ、この駅間は7.3kmとそこそこある。田舎の一駅は遠いからねぇ、と馬鹿にしてはいけない。小山は東北新幹線も停まる駅なのだから。
 JR東北本線のうち、上野から栃木県北部の黒磯までの区間は宇都宮線と呼ばれている。それは、北へ向かう奥州街道のうち、経路が重なる日本橋から宇都宮までは日光街道と言うのと同じことで、栃木県人が、この地はけっして東北への通過点ではなく、あくまで宇都宮あるいは日光である、と主張したがっているからではないかと思う。
 
 
   千駄塚古墳はこちら、の案内版を見つけて寄ってみる。こんもりと木が茂っている小高い山というほど高くはない盛り上がり、この程度の高さを何と表現したら良いのだろう。もっこりというのが一番しっくりくるかと思うのだが、いけないだろうか。
 これまでに故郷の唐津や、かつて住んだことのある奈良でいくつかの古墳を訪ねたことがあるが、関東地方の古墳ははじめてだ。古墳時代の日本の中心は九州や近畿だったと思うのだが、栃木県にどんな歴史があって、どんな人が葬られているのか勉強不足で知らない。
 
 
 白壁土蔵の立派な酒蔵が現れた。文化財として国の指定を受けている建物とのことだが、おそらく震災の被害であろう、屋根にブルーシートがかけられているのが痛々しい。
 営業中らしいと見るや、まるで脱水症状のランナーが給水所にふらふらと立ち寄るように、建物に吸い寄せられて中に入る。荷物を増やしたくない道中ではあるが、ほとんど毎日日本酒を欠かさず、年間摂取量が百升を越える私が、蔵元の直売所に入って手ぶらで出てくるとは考えにくい。いや、たしかに手ぶらで出てきたには違いないのだが、背負っているランニング用の薄いリュックが急に重くなったのであった。
 
 
   さて小山市の市街地に入ったところで難読地名の登場、電柱の住所表示にある「神鳥谷」は何と読むのだろう。というか、この字を見て直観的に思い浮かぶのは「阪神の鳥谷」だろう(私はタイガースファンではないが)。
 正解は、ひらがな表記のゴルフ場が広告している通り「ひととのや」であるが、知らなければ読めるわけがない。歴史ある地名で由来があるらしいが、「神」をひと、と読むことになっているところがおそれ多い。
 
 
 小山市役所前にある小山評定跡の石碑。評定を「ひょうてい」と読むと、会社員なら、働きが良いの悪いのという勤務評定でおなじみだが、この場合は「ひょうじょう」と読んで会議のこと。西暦1600年、会津征伐へ向かっていた徳川家康は、石田三成が兵を挙げたことを知り、この地に家康方の武将たちを集めて軍事会議を行なった。結果、家康への忠誠を確認するとともに、会津征伐は中止して西進することを決し、関ヶ原の戦いへと歴史は動いたのであった。
 会議といえば、多い、長い、内容がない、の三重無駄であることが多いが、歴史に残る会議というものもあるものだ。
 実は、前の宇都宮工場長から、参考にと小山評定に関する本を渡されたのだが、評定に参加した28人の武将たちの中に、初代唐津藩主である寺沢広高の名があって、その生涯も記述されている。こんなところにも唐津との関係があるとは、いちおう唐津検定に合格した私ではあるが、まだまだ勉強不足、歴史は奥が深い。
 
 
   さて、道中で購入してリュックに入っていたものがこれ。いくつかあった銘柄の中で、名前で選べばこれしかなかろう、と買った酒は「日光街道 小山宿」。酒の製法や種類にはこだわらない私であるが、栃木の酒はすっきりと純朴でうまいと思う。栃木人の人柄があらわれているからかどうかは知らないが。
  右後方の細長い瓶は、日本酒で仕込んだ梅酒。これまた、日本酒のうま味が甘味と酸味と相まって絶品なのであった。
 横にあるぐい呑みは、当社もお世話になっている唐津焼曹源窯 小島直喜氏の作。
 それにしても写真を撮る時点で、もう「小山宿」がずいぶん減っているではないか。おやまぁ。
 
2011年12月
参考文献
 小山評定武将列伝 小山市
 
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