13区  雀宮~宇都宮
 
 下りの東北新幹線で宇都宮に向かうと、ちょうど在来線の雀宮(すずめのみや)駅を過ぎたところで「まもなく宇都宮・・・」と社内アナウンスが流れて速度が徐々に落ち始める。つまり、今日これから走る区間は、新幹線ならアクセルを離して(そんなものはないが)惰性で走り切ってしまう程度の距離でしかないのだ。
   雀宮を出てすぐの所に東京から100km地点の標識があるのだが、それを意識して開店したのかどうか、標識の前には100円ショップがある。記念すべき100km標識を撮影していたら、自転車に乗った幼い姉弟が脇を通って行った。この弟くんはハンドル操作がまだ定まっておらず危ないのなんの、この先のガードレールが切れた所からよろよろと車道にはみ出して「あわわわわ」となったのであった。
 
 国道を宇都宮市南部の郊外から中心部へ向かって進むのだが、これといって足を止めて観察すべきものは少ない。目につくのは車の販売店。国産車だったり外国メーカーだったり、新車だったり中古車だったり、はたまたトラックだったり、これでもか、とばかりに車屋さんの街道が続く。
 
 
 宇都宮工場の幹部たちとの酒の席で、宇都宮工業高校(宇工)のOBから、宇工近くにある六道の古い街並みと、操橋にぜひ立ち寄って欲しい、と言われていたのでその通りにしてみる。
 六道の辻は、かつて各地から宇都宮城下に向かう道が集まっていた交通の要衝であり、歴史のある建物が現役で残っている。また、旧幕府軍と新政府軍が戦った戊辰の役では戦場になった地でもあり、戦死者を埋葬した墓所や寺院がある。今回のコースは新しい都会過ぎて、街道の風情があまり感じられない中にあって、この一画には歴史が残っていた。
戊辰の役戦士墓
 
 さて、もうひとつ勧められた操橋は、宇都宮女子高校(宇女高)の校門を入ったところにあるというので、どんなものか訪ねてみる。宇女高は県内有数の進学校であり、また、なでしこジャパン安藤選手の母校でもある。祝ワールドカップ優勝、祝オリンピック出場の看板が誇らしげに掲げられていた。
 操橋は、宇女高の敷地内を流れる小川にかかる、全長3mほどで長さよりも幅の方が広い石橋だった。敷地内にあるということは、学校関係者しか渡ることはできないということだ。禁断の敷地内にほんの少しだけそっと歩を踏み入れさせていただき、写真を撮る。
 なるほど、宇工と宇女高は歩いてすぐの距離にあったので、血気盛んな男子高校生にとって近くにある女子高は、操橋という意味深な名前とあいまって、悩ましい存在だったのだな、と想像できる。宇工OBは、そんな熱く切ない青春の思い出を私に伝えたかったのだろう。
 なお、宇工は2011年に雀宮地区へ移転している。宇女高とは距離ができてしまい、残念なことである。
 操橋についての居酒屋での会話はさらに盛り上がったのだが、それを書くと会社の品位がさらにさらに落ちてしまうので略さざるをえない。
 
 
 宇都宮の繁華街、オリオン通り商店街のアーケードを歩いてみる。工場での高卒社員の採用面接で、休日はどんな所へ出かけるかという質問に、「オリオン通り。」と答えた高校生がいたのが印象に残っていて、どんな雰囲気なのか一度のぞいてみたかったのだ。
 全国的に地方都市の商店街が衰退している例にもれず、活気が失われつつあるという評判は聞いていたが、なかなかどうして、この日は広場で催事も開催中でけっこうな盛り上がりであった。
 とはいえ写真で見る限り、土曜日の昼下がりにしては人通りの少なさは否めない。
 
 
 宇都宮に来たからには、下野国の中心とも言うべき二荒山神社にお参りしよう。栃木県に少なからずお世話になっている身としては、きちんとご挨拶してから祈念しなければならない。商売繁盛、家内安全、旅の無事・・・。
 同じ二荒山神社と書いて、ここは“ふたあらやま”で、日光にあるのは“ふたらさん”と読む。このことをきちんと理解して使い分けできなければ、栃木県について語る資格はない。と、偉そうに言う私も、つい先ほど勉強したばかりである。せっかくなので、いずれは日光二荒山神社にもお参りに行こう。
 
 
 これにて、めでたく宇都宮に到達したのだが、弊社の工場は市の中心部からは東へ10kmほど離れた工業団地にあるので、まだゴールではない。
 ところで、「走らんか!」というタイトルは九州の方言なので、栃木県内を走る場合にはふさわしくない、栃木弁にすべきではないか、と宇都宮工場の次長から鋭い指摘を受けた。部下の進言には謙虚に耳を傾けるべきだろう。
 というわけで、次回はいよいよ目的地、宇都宮工場に向かって「走っぺ!」。
 
2012年3月
 
今回の走らんか!スポット

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