【日光街道 北行】
17区  徳次郎~大沢
 
 今回のコースから、有名な日光杉並木がはじまる。杉の根元で遊ぶ蛙の子たちの周りは、夏の強い日射しが嘘のように良い具合に湿っている。それだけ杉の木が鬱蒼と茂っているからで、うっそー!ではない。
 
 
 中徳次郎(なかとくじら)から出発する。徳次郎宿は、上(かみ)・中・下(しも)3つの集落が交代で宿場になっていたそうで、今もそれぞれの宿場の名がバス停の名前にそのまま残っている。普通、地名に上・下をつける場合は京に近い方が上になるはずだが、ここでは逆に、京からも江戸からも遠い方が上になっている。日光に向かって少しずつ道が上っているので、単純に標高が高い方を上としたのかもしれないが、ここはやはり日光に近い方を上としたのだと考えたい。
 
 
 麦畑が収穫の時期を迎えているようだ。麦の穂を見ただけでその種類を識別する知識を持ち合わせていないので、これが何麦なのかわからないのだが、農林水産省の平成23年度統計によると、栃木県はビールの原料になる二条大麦の生産量が日本一(全国に占めるシェア29%)なのである。そして僅差の2位が佐賀県(同28%)で、3位が福岡県(同12%)である。この事実をどう解釈すればよいのだろうか。ビール麦生産量1・2位の栃木・佐賀両県民が社員の90%、3位の福岡県まで入れると95%を占める当社としては、もっともっとビールを飲んで飲んで飲みまくって地元の農業に貢献しなければならない、ということに違いない。
 いや、もう十分飲んでいるではないかというデータもある。去る6月2日に唐津市内のホテルで開催した弊社創業130周年式典の祝宴では、社員425名でビール942本を飲み干したのであった(宇都宮での祝宴も負けずにけっこうな量が消費されたのだが、飲み放題につきわけわからん状態になっている)。
 
 なお、運動して汗をかいた後のビールは最高!!と言う人は多いのだが、私は走った後にビールを飲みたいとはほとんど思わない。おそらく、体が水分を要求することと、脳がアルコールを要求することは別で、我ながらその点は知らず知らずのうちにきちんと区別して、適切な判断をしているのだと思う。なんと健康的なことであろうか。ただし、その後飲みすぎるので結局は不健康なのだが。
自画像
 
 
 しばらく進むと、そば屋とそば畑が隣接している(そばにある、と言う)。そば屋が原料の自家栽培を始めたのか、そば農家がそば打ちを始めたのか、いずれにしろそばの白い花が咲いている。
 さらに進むと沿道には栃木名産“とちおとめ”のいちご園や、りんご園の看板が出ており、栃木県はさまざまな作物がとれる農業県であることがわかる。季節ならば、いちご狩りやりんご狩りができるのだが、残念ながら通過する。
 農園に梅がなっているので、梅干しを漬ける季節なのだなあ、と思っていたら、これはりんごだと栃木県出身の同伴者に教えられた。九州にはりんごの木はないし、赤くなる前の小さな実がなっているのを見るのは初めてなのであった。
 
 
 やがて道は宇都宮市から日光市に入り、日光杉並木寄進碑を経て本格的な杉並木がはじまる。日光杉並木は1624年から植樹が始まり、日光街道をはじめとする3本の街道総延長37kmにわたる並木が日光東照宮に寄進されたもので、現在も約12,000本が残っている。これだけの並木を維持管理するのは大変だろう。国や県の施策もさることながら、杉の木のオーナー制度があるようで、出資している個人や企業、自治体の名が書かれた札が掲示されている。400年近く前の先人たちから今に至るまで、杉並木を守ってきた多くの人々の努力に感謝しよう。
日光杉並木寄進碑
そういえば杉と松の違いはあるが、唐津の虹の松原もちょうど同じ頃に植樹された歴史があり、市民の協力もあって守られているところは共通している。
 
 杉並木の中は、冒頭の蛙をはじめとして自然がいっぱいである。それも私がこれまで親しんだことのないような植物や小動物が多く、今日一日の自然観察日記が書けそうなくらいだ。初めて見るこの植物は何だ、このイモムシは何の幼虫か、といちいち足を止めていては走りにならず、のんびり歩いて江戸から19番目の大沢宿に到着する。
 
2012年7月
 
今回の走らんか!スポット

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