【日光街道 北行】
18区  大沢~今市
 
 日光杉並木街道は、今も幹線道路になっていて交通量が多い区間と、バイパスをつくって車を通らなくした区間とがあるが、後者はまことにいい雰囲気だ。日光に向かう徳川将軍の行列もここを進んだのだな、と想像するにふさわしい風情なのだが、考えてみれば植樹された当時はこれほど木が茂っておらず、もっと視界は開けていたはずだ。
 
 
 今回は大沢宿から今市宿を目指す。道はすでに日光市に入っているが、それは日光市が周辺の市町村との合併によって、栃木県全体の1/4近くの面積を占めるほどの広大な市になったからで、以前ここは日光の手前にある今市(いまいち)市だったところである。
 会話の中で、たいしておもしろくない冗談に対して、「いまいち」と返すかわりに「日光の手前」と言う古典的な言い回しがある。もともとは落語家かお笑い芸人が言いだしたことだと思うのだが、日光へ行く手前に今市があるという位置関係を知っている人にしか通じない、栃木県人はわかっても九州人には難しい、ある意味高度なギャグだ。残念ながら合併によって今市市がなくなったことで、この言葉を理解できる人も少なくなり、やがて死語となってしまうのだろう。
 
 
日本橋から33里、七本桜の一里塚にある杉の木は、なかなかの巨木だ。中が空洞になっていて人が入ることができる。入れるどころか泊まれそうだというので、並木ホテルという通称がついているのだが、たしかに寝ようと思えば寝られないことはない。しかし、泊まりたいとは思わない。
 
 
 マラソンランナーに求められる能力には、まず長距離に耐えられる脚力、レース中に距離表示を見て残りのキロ数を暗算する学力、給水コップを確実に取る握力、ゴール前の馬鹿力、それに長州力と消臭力などがあるが、私には馬力が備わってないのが欠点である。
 しかしながら、ここにお願いすれば私の欠点が一気に解消できるのではないかという石碑を発見した。なんと「馬力神」である。馬頭観音という名の石碑は沿道でたびたび見かけるが、馬力の神様とは初めてである。調べてみると、愛馬の供養のために作られたもので、栃木県内ではさほど珍しくはないものらしい。
 走りにも仕事にも馬力がつきますように、と神様にお願い・・・いやいやまず自らが努力しなければ、そんな馬力本願の態度ではなりませぬ。
 
 
 今市の市街地にある報徳二宮神社に、二宮尊徳(金次郎)の銅像と墓がある。説明によると、二宮尊徳は神奈川県小田原に生まれ、小田原藩と、のちに下野国(栃木県)領地の再建・復興を行ない、ここ今市で没している。薪を背負ったまま勉学に励む幼少期の金次郎の銅像が有名だが、特に栃木県にとっては郷土の偉人であり恩人であることから、県内の小学校にはどこも必ず銅像が立っていたらしい。
 尊徳が栃木で最初に任じられた土地は、その名をとって二宮町となっていたが、今は真岡(もおか)市に合併している。二宮町はどういう損得勘定があって合併したのか知らないが、尊徳感情としては名前が無くなって寂しいものがある。
 ところで、二宮尊徳が小田原の生まれと知って「おや。」と思ったことがある。小田原の近くにも二宮町があるではないか。正月の箱根駅伝では定点カメラが置かれ、「現在□位の△△大学が二宮を通過します。」の実況で耳にする地名であるが、その二宮町も尊徳にちなんだ町名に違いない、と思って調べたのだが、残念ながら関係ないという結論だった。
 
 
 今回の走らんか!はここまででございますが、いかがでしたでしょうか。なに、日光の手前だと。
 おあとがよろしいようで。
 
2012年8月
 
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