【醤油の産地へ 北行】
37区  南柏~豊四季
 
 南柏から出発してまず野馬土手を見に行く。野馬土手といってもほとんど誰もご存じないと思うので説明するが、それにはまず我が家の近所の風景から話を始めなければならない。
 家から最寄りの江戸川台駅へ向かう道路に沿って、低い土手が続いている。これは、その昔馬を囲うために作られた野馬土手というものだと聞きかじったのが発端で、調べているうちに私は土手の歴史の奥深さにどてっとはまってしまったのだ。
 昔の日本の馬はサラブレッドよりずっと小型だったとはいえ、こんな低い土手なら簡単に乗り越えられる。しかしそれは、この土手が長い年月の間に少しずつ崩されたり崩れたりして低くなったからであって、もっと原型をとどめているものが、家から走って15分ほどのところにある流通経済大付属柏高校に残っている。
 この高校はラグビーとサッカーの強豪校だけあって、立派なグラウンドを持っているのだが、そのグラウンドと校舎の境には、生徒が授業から脱走するのを阻止するために、高さ2mほどの土塁が築かれている。いやそうではなくて、これも野馬土手だ。この高さでしかも間に堀をはさんで二重になっているので、これなら障害馬術の馬でも、北海道ばんえい競馬の馬でも、船橋と大井の競馬場を走った吾輩でも越えられない。
 野馬土手の歴史は江戸時代にさかのぼる。江戸幕府は軍馬を育成するために下総(今の千葉県北部)に小金牧という牧場を設けたのだが、馬が牧から出ないように、牧と村の境に長大な土手を築いた。それが野馬土手で、今もこの地のところどころに残っている。
 このことを知って以来、私は野馬土手を研究されている方の著作を頼りに、近隣の土手を訪ねて回るランニング(略してドテラン)に励んでいるのだが、南柏には当時の姿がもっと残っているというので、今日は楽しみに土手へと向かう。
中央で作業している人と比べると土手の高さがわかる。
 南柏に残る土手の一帯は緑地保全地区に指定されて、まるで林の中のように樹木が茂っている。その中に、期待していた以上に立派な土手があった。中央の堀を挟んでやや低い土手と高い土手が二重になっている。倒木があったりして少々荒れた印象もあるのだが、ちょうど地元の方が集まって手入れをされているところだった。野馬土手はけっして有名な歴史遺産ではないが、保存のために活動されている方に敬意を表したい。
 柏市と流山市の境は複雑に入り組んでいるが、その理由の一つは野馬土手が境となっている部分があるからで、冒頭の江戸川台もここ南柏も、土手が柏市(かつての牧)と流山市(かつての村)を分けている。
 牧は明治になって軍馬の育成という役目を終えると、明治政府によって農地として開拓された。最初に開拓された地が初富(はつとみ)、その後は順に二和(ふたわ)三咲(みさき)豊四季(とよしき)五香(ごこう)六実(むつみ)七栄(ななえ)八街(やちまた)九美上(くみあげ)十倉(とくら)と、順番を示す数字と、農耕が栄えることを願った漢字を組み合わせて、よく考えられた地名がつけられている。その多くが鉄道の駅名になっていて(1,2,3,5は新京成線、4,6は東武野田線、8はJR総武本線)、千葉県民にとってはなじみのある地名だ。
 ところが、11番目以降は十余一(とよいち)十余二(とよふた)十余三(とよみ)と急にやる気を失ったのか命名が明らかに手抜きになり、13番目で終了している。
 4番目の開拓地、豊四季の稲荷神社には開拓百年を記念した碑があって、その貧困と苦難の歴史が刻んである。たとえば、「豊四季 それはまことに美しい平和と幸福をうたっているが、簡単に地上の楽園は到来しなかった」云々。私の想像だが、先行した開拓地が成功していないことを見て、これ以上美しい地名を考えることが空しくなったのが、11番目以降の地名に熱意が感じられないことの真相ではないだろうか。
屋根の上に猫が。
いや、稲荷神社の狐です。
 このように、下総の地は江戸時代には馬が走り回る牧であり、明治以降は農地となり、そして現在は宅地化が進んでいる。特に2005年につくばエクスプレスが開業して以来、沿線は急速に開発されている。そのため、残っていた野馬土手が崩されて今まさに危機に瀕している。多くの人にとっては、土手がなくなってもどてことないのだが、歴史の遺産が次々に消えていくのは寂しい限りだ。
 今回はまじめに野馬土手の話ばかりしたが、豊四季の近くにある公園も紹介しよう。ちょうど今月、ハリウッド版の映画ゴジラが公開されているが、こちらには怪獣ではなく、さまざまな恐竜の像がある。博物館にあるような精巧なものではないが、手作り感あふれるB級品の親しみやすさがかえって好ましく、私はこれまでに何度か立ち寄っている。
 最近は子どもが外で遊ばなくなったと言われているが、この公園はいつ来てもたくさんの子どもたちが歓声をあげて遊んでいる。そんな中で、子連れでも孫連れでもないおじさんが一人でうろうろしていては、まさしく不審者そのものである
参考文献 : 野馬土手は泣いている 青木更吉著 崙書房出版
        小金牧を歩く 青木更吉著 崙書房出版
2014年7月
 
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