【醤油の産地へ 北行】
38区  豊四季~江戸川台
 
 夏は、炎天下で倒れてはたいへんなので走る距離は短く自重しているし、走っている途中で歩きたくなる誘惑も強くなる。そんな時、空地を埋め尽くした雑草が白い花を咲かせているのを見つけて、軟弱者のランナーはさっそく練習を中断して立ち止まる。よく見ると同じ株でも白い花と紫がかった花があり、微妙な変化があってなかなか美しい。
 この花は何だろうか。ナスの花に似ているので、ナス科の植物をネットで検索すると、これはワルナスビ(悪茄子)だとすぐにわかった。鋭いトゲがあるので草取りがやっかいなうえ、地上を刈っても地中に伸びた地下茎から次々に芽を出す悪い草だと、牧野富太郎博士によって不名誉な命名をされている。
 しかしこのワルナスビ、その生命力を買われてナスを接ぎ木で栽培する際の台木に使われているというから、我々は感謝しなければならない。ナスにしてみれば、悪事をはたらいた覚えはないのに悪者呼ばわりされて、不本意なことだろう。せめて、オタンコナスくらいにしてほしかったと思うが、もはやナスすべがない。
 東武野田線(今年からアーバンパークラインというなんとも言えない愛称をつけられているが)豊四季駅から北へ向かって大堀川防災調節池に降りる。小さな川の中流に周囲から一段低くなった土地が広くとってあり、大雨が降った時にはここが池になって洪水を防ぐというものだ。川と湿地を回遊できるように遊歩道が整備されているので、しばし夏休みの自然観察をしながら動植物の名前について考える。
 涼しげな水色をした夏の定番シオカラトンボが飛んでいる。居酒屋で私が塩辛を注文すると、同席している人は「さすが酒飲みですね。」という反応をされるのだが、その、酒と共になくてはならない塩辛が、どうしてこのトンボの名前になっているのだろう。塩辛にするとうまいのだろうか(そんなわけはない)。私は、この爽やかな水色が夏の青い海と空を連想させ、さらにそれが海水浴のしょっぱい思い出につながるから、という気がしていたのだが、どうもそうではないらしい。
 塩辛とともに、黒いはねのトンボがひらひらと飛んでいる。トンボはすいすいと飛ぶものだが、これはまるで蝶のように羽をぱたぱたさせて飛び、とまっている時もこれまた蝶のように羽を開いたり閉じたりしている。トンボの気持ちを察するに、ほんとうは蝶に生まれたかったのだろう。
 これはハグロトンボ(羽黒蜻蛉)。はねが黒いから羽黒とは、わかりやすく単純な名前だ。学術的なことを言うと昆虫のはねは「翅」なのだろうが、それでは親しみがわかない。
 湿地にはガマ(蒲)の穂が生えている。蒲が古くから日本人に身近な存在であったことは、蒲という名前が何かからとって付けられた名ではなく、逆に蒲焼(かばやき)蒲鉾(かまぼこ)蒲団(ふとん)など、他のものの名前に使われていることからわかる。
 蒲焼は鰻を今のように開かずに輪切りを串に刺した形が、また、蒲鉾は魚のすり身を棒(鉾)に巻きつけた形が(今はちくわだが)、どちらも蒲の穂に似ていることが語源らしい。蒲団は布団と書くことが多いが、もとは蒲のふさふさが集まったものとして蒲の字を使っている。
 では、ガマガエルはどうなのか。蒲と同じく湿地に生息しているし、色も似ているので関係がありそうだが、違うらしい。大航海時代にヴァスコ・ダ・ガマの船に乗ってやってきた、という説を私は主張したいのだが、賛同する人はいない。
 池を離れて住宅街を進んでいると、民家の玄関先でこんなものを発見する。すき間で育つ植物については前々回に書いたが、これはまた見事なすき間植物だ。ホウキギ(ホウキグサ)というらしく、園芸で育てられていたものの種がこぼれて、すき間で成長のスイッチが入ったようだ。この大小の物体のふさふさ感は、ほうきに例えるよりも何かのキャラクターを連想させる。何に似ているか、私にはモリゾーとキッコロが思い浮かぶ。(2005年に開催された愛・地球博のマスコットだがご記憶にあるだろうか。)
 さて後日、ワルナスビが生えていた空地に再度行ったところ、きれいに草刈りされていた。しかしながら、街路樹の根元で生き残っている株には、かわいいミニトマト風の実がなっていた。トマトもナス科の植物だと再認識させられる。それにしても花も実もけっして悪くないのに、嫌われ者のワルとはかわいそうに。
参考文献 : 身近な雑草の愉快な生き方 稲垣栄洋著 ちくま文庫
        植物はすごい 田中修著 中公新書
2014年8月
 
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