【醤油の産地へ 北行】
43区(連載第50回)  板倉~館林
 
 前回、東武日光線の板倉東洋大前駅に到着して昼食をとろうとしたのだが、駅前には食品スーパーとドラッグストアがあるだけで外食店舗が一軒もなく、仕方なくスーパーで弁当を買って食べたのだった。大学のある町には学生相手の飲食店があるものだが、若者が生活している気配が感じられないここに、本当に大学があるのだろうかと思いつつ、まだ開発途上の住宅地と空地が多い風景の中を館林に向かう。(途中、東洋大学はたしかにありました。)
 館林といえばつつじが有名で、途中にあるつつじが岡公園の中を通過する。とはいえ、今は寒風吹きすさぶ1月、入園券売場は「入園無料」の札を立てて入口が開放されているし、売店はすべて休業中、こんな寒い中を散策する人はまばらで、まさに季節限定の観光地なのだ。梅林や、蓮が咲く沼もあるのだがすべて季節外れ。しかし、花を観賞する目的で来たわけではないので、何も咲いていないからといって狼狽することはない。ほら、ロウバイの黄色い花だけは満開だ。
 館林の市街に入ると、城下町の雰囲気が残る古い建物が多く保存されている。しかし、残念ながら完璧に歴史的な街並みでない。たとえば、立派な門と塀に囲まれた奥にある建物は武家屋敷ではなく、マンションだ。塀とマンションは両立するのかどうかだが、これはこれで妙になじんで一体化しているし、一階住人のプライバシー保護にはたいへん役立っているようだ。
 こちらは旧二業見番(にぎょうけんばん)という聞き慣れない名前の建物。二業とは芸妓業と料理店業の二つ、見番とは事務所の俗称とのこと。複層重なった屋根が美しく、いかにも芸妓さんがひょっこり出てきそうな雰囲気だ。ところで、中はどうなっているのかと入口から覗いてみると、公民館の表札があるのだが土間は資源ごみダンボールの集積場として使われていた。もう少し文化的な使い方はないものか、という意見もあろうが、古い建物を保存しつつ、しかも現役として活用していくのはなかなか難しいのだと思う。ダンボール置場になっていても良いではないか。
 街並みを散策できるように地図があり、ルートが案内されているのだが、道沿いには古い建物と新しい住宅が共存しており、それに歓楽的要素を含む夜間営業飲食店がけっこうな数あって独特の雰囲気になっている。
 誤解してもらっては困るのだが、私は館林の街をけなしているのではない、いかにも観光地然としてきれいに整備されるより、現代の生活を営みながら古い物も大切にしている街は好ましいと思う。
 ちょっと驚くこんなものもある。造り酒屋だった建物の入口では、狛犬が上からこちらを見下ろしている。神社や寺以外で狛犬が生息しているのをこれまで見たことがあっただろうか、と考えるのだが記憶にない。
 小麦と小麦粉の産地、館林に来たからには昼はうどんを食べなければ、と駅東口のうどん屋に入る。注文した後でのんびりとメニューを眺めていると「当店のうどんは、群馬県産小麦『つるぴかり』を使用しています。」とある。いやはや、なんとすばらしい名前だろう。おそらく小麦の品種改良に取組んだ研究者が、絶滅危惧状態になった自らの頭髪を嘆いて自虐的に命名したに違いない(未確認情報です)。
 駅の西口にまわると正田家が創業した二つの企業がある。まずは日清製粉さんの製粉ミュージアムに入って小麦粉の製法、同社の歴史などの展示を見学させていただく。古い建物と新しい展示館に囲まれた日本庭園の中で、池に浮かぶ丸い石は小麦を挽くのに使われていた石うすだとのこと。こういう細かいところの凝り方がにくい。
 道を挟んだ反対側には正田醤油さんの本社と研究所、そして正田記念館がある。同社は文化財の保護に熱心に取組んでおられるが、残念ながら今日は休館日で入れなかった。
 それにしても、館林の駅前右に正田醤油、左に日清製粉が並んでいるとは、正田家の存在感が半端ではないことに感心する。そして、それぞれ企業博物館を持って一般に開放されている企業姿勢がすばらしいと思う。
 この連載の記念すべき50回目に合わせて正田醤油さんまで来ることができて、我ながらめでたしめでたしである。ところで、本日訪ねた館林の名物は「つつじ」と「うどん」、そして途中で「ろうばい」の花も見たが、これを漢字で書くと、躑躅、饂飩、蠟梅となる。ワープロ機能がなければとても書けません。
2015年1月
 
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