【醤油の産地へ 北行】
49区  牛久~荒川沖
 
 最高気温が35度になろうかという猛暑にもひるむことなく、牛久駅を出発する。民家の庭先でフヨウの花が夏を彩っている。この季節にはよく見る花だが、それにしても巨大に育ったものだ。
 南国の雰囲気を感じさせるハイビスカスや、茎が直立しているタチアオイも花が似ているので仲間なのだろう、と図鑑を見るとアオイ科フヨウ属の分類体系名はHibiscusとなっている。なるほど、フヨウとハイビスカスは仲間というより同類そのもので、フヨウ家族なのだ。ちなみにタチアオイの英名はHollyhock、ここでサッカーファンとしてはJ2の水戸ホーリーホックを思い浮かべる。水戸といえば水戸徳川家、徳川家といえば葵の御紋、というわけでアオイの英名をチーム名にしているのだが、実は葵の御紋に描かれている植物はフタバアオイという草で、タチアオイとは種類が違い、葉の形も違う。
 牛久は大相撲の力士、稀勢の里の出身地だそうで、旧街道沿いの商店には応援団ののぼりが立っている。今は名古屋場所が開催中なのだが、駅前のスーパーには、稀勢の里が勝った日は夕方6時から5%オフ!、翌日は奉仕品が半額!!と過激な告知がしてあって、地元の熱気が半端でない。日本人力士がなかなか優勝できないのが現実だが、相撲が好きだといわれるカッパの里から出た大関には、いま一歩の奮起をお願いしたいものだ。
 この力士、いつも気合が入って怒った表情をしていて、それは勝負師として当然のことなのだが、もう少し愛嬌が・・・。
 街道沿いにある一里塚だが、日光街道に比べるとこれまでに通った水戸街道には残っているものが少ないように思う。ここは珍しく街道両側の塚が両方とも残っているのだが、おもしろいことにちょうど市の境にかかっているため、写真の手前が牛久市中根の一里塚、奥が土浦市荒川沖の一里塚、と表示が分かれている。市が違ってもそれぞれ保存されていることがすばらしい。どうか今後とも両市連携して文化財を保護していただきたい。
 JR荒川沖駅を目指すのだが、内陸部のここにどうして海を連想させる地名がついているのかが今回の最大の疑問なのだった。調べてみるとその答えは駅の手前を流れる乙戸川、おっと見落としそうなこの小川が、大雨が降るとたいへん荒れて氾濫したのが地名の由来だという。ただ、荒川の意味はそれでわかったのだが、なぜ海でないのに沖なのかの説明にはなっていない。
 さらに調べると、沖という字には平らに開けた原という意味があるようで、土砂が積もった沖積平野という言葉もある。荒川沖とは、荒れる川によって土砂が積もって(沖積して)できた土地、という意味なのだと解釈する。
 東京オリンピックまであとちょうど5年、新国立競技場の設計は白紙に戻った。どうか、新しい競技場はトップアスリートの聖地となるだけでなく、私のような、ただスポーツをするのが好きなだけのへなちょこアスリートにとってもあこがれの存在となって欲しい。写真は、今はもう取り壊されてしまった国立競技場をスタート・ゴールとして開催されたフルマラソン大会に出場した時に撮影したもの。世界レベルの陸上選手、サッカー選手が使用したロッカールームで私も着替えたことがある、というのがささやかな自慢なのだ。馬鹿にされるだろうが、そんなどうでもいいことが私レベルのランナーにとってはモチベーションになるのだ。
2015年7月
今回の走らんか!スポット

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追記
 本稿を書いた後に、社内でムクゲの写真を見る機会があったのだが、冒頭の写真はフヨウではなく、むくげではないか、という疑念がむくむくと湧いてきた。フヨウもムクゲもアオイ科フヨウ属で、分数名はHibiscusであることはわかったのだが、私の乏しい知識では、とちらとも断定することができていません。