【醤油の産地へ 北行】
50区  荒川沖~土浦
 
 荒川沖から出発、といっても海からではない。この奇妙な地名の由来については前回書いたが、荒川沖は水戸街道の宿場町で、その面影が残るかやぶき屋根の立派なお屋敷が並んでいる。屋根の上には鬼瓦があって、ふつう鬼瓦には文字通り鬼の形相の鬼や、家紋が彫られているものだが、ここの鬼瓦には寿の文字がある。これは珍しいものなのか、よくあるものなのか私には知識がないが、鬼の力を借りて悪いものを退散させるのではなく、家紋によって自家の隆盛を誇示するのでもなく、ただただ慶事を寿ぐおだやかな気持ちのあらわれなのだろう。
 ここから土浦までは水戸街道の旧道を進む。新しくつくられた国道は直線的に伸びているが、昔の道はくねくねと微妙に曲がっているので、旧道は国道の右側になったり合流したり、今度は左側になったりまた合流したりしながら続いている。
 旧道沿いには土手や並木が所どころ残っている。樹木の大きさからして、最近のものではなく昔のものがそのまま残っているのだろうと想像できる。毎月、旧街道を進むことを続けていると、道端から歴史を探し出すというか、どこに古いものがあるのか、なんとなくわかるようになってきた。
 土浦の市街地に入ると、道はカクカクと直角に折れる。城を敵から守るために道を曲げるのは城下町の特徴だ。一方、現代の高架道路が頭上を通っているのだが、その橋脚にはびっしりとつたが絡みついている。植えたものなのか、勝手に生えてきたものなのか、よくぞここまで育つたものだ。つたは建物に絡むと、立派な建物には情緒と風格を与え、そうでない建物は廃墟のイメージにしてしまう不思議な植物だが、この場合はどちらだろうか。どちらだというより、コンクリートの継ぎ目やヒビの間につたが入り込んで、橋脚の劣化を早めるのではないかと思うのだが、今さら除草?伐採?剪定?する気はなさそうだ。
 つたは、壁や木を“つたって”伸びるからつたか、と漫然と思っていたが、調べてみると本当にそうらしい。
 私はこれまで、土浦に何度も来たことがあるのだが、それは、ここで開催されるかすみがうらマラソンや、ここから会場まで連絡バスで行くつくばマラソンに出場するために来ているだけだ。そんな中で私は、「土浦の高校生はえらい!」と感心した経験がある。
 かすみがうらマラソンは毎年4月に開催されるが、数年前の大会は前日が季節外れの大雪、当日はうって変わって暖かい晴天になった。地面は雪解けのぬかるみになっていたのだが、スタート前に荷物預け所のテントに行くと、高校生ボランティアたちが「ていねいに扱うんだよ~」「ぜったい汚すなよ~」と声をかけながら荷物を手渡しで整理していた。そんな彼らの足元を見ると、どんな靴を履いているのかもわからないほど、くるぶしまで泥に埋まっているのだった。
 土浦市内は古い街並みが保存されており、江戸末期に造られた蔵が観光施設として公開されているので入ってみる。土浦は、国分株式会社の前身である大国屋が醤油醸造を始めた地なのだが、その大国屋勘兵衛家からのれん分けを許された大国屋徳兵衛が始めた呉服屋の建物がこれで、当地の商業発展の歴史の解説があり、昔の帳簿やレジスターが残されている。
 土浦の歴史と醤油の関係についてはもっと書くべきことがあるのだが、それは次回触れたいと思う。
 ところで、犬のフン害についての注意書きにはたまに傑作があるのだが、本日発見したのは「ありゃあ、出ちゃった」と言いたげな犬。もうひとつの「ちょっと、これ、これ」と飼い主に教えている犬は、先日某地方都市で見つけたもの。賢い犬たちが各地にいるものだ。
2015年8月
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