【醤油の産地へ 東行】
55区  鎌ヶ谷~白井
 
 前回前々回に続いてしつこいようだが江戸時代名残の野馬土手を巡る。鎌ヶ谷大仏駅近くの畑の奥、住宅地との境に土手が見える。ここは、牧に放たれている馬を捕まえる捕込(とっこめ)跡とのこと。おそらく土手より手前がかつて馬が放たれていた牧で、その後畑になったのだと思う。宅地化が進む中でなんとか残っている土手と畑はよく似合う。
 ところで、先月・今月と東武野田線の新鎌ヶ谷駅を乗継ぎのために利用したのだが、電車が発車する際にホームに流れる音楽が元気いっぱいの行進曲で、何の曲なのかが気になる。しかも、わずか4小節で突然終わるので、そのあとのメロディーがどう続くのか欲求不満がたまってしかたがない。鎌ヶ谷市民の歌なのだろう、いや地元の学校の校歌かもしれない、と想像したのだが、実はプロ野球日本ハム球団の応援歌だった。
 日本ハムの本拠地は北海道だが、その二軍の本拠地は鎌ヶ谷にある。ふつう、プロ野球の二軍がどこで練習しているかなど、よほどのファンでなければ関心がないことだが、鎌ヶ谷はこれまで数年に一度は話題になっている。それは、人気者の新人が入団した春に、その選手を追っかける女性たちが練習場に大勢つめかける映像が報道されるからだ。地域での応援も盛んなようで、二軍なのにではなく、二軍だからこそ応援することに価値があり、選手にとってもありがたいことだろう。
 鎌ヶ谷から北東方向に白井(しろい)までは、木下(きおろし)街道を進む。地図を見ると、県道の一本南にある細い道が船橋市と白井市の市境になっている。これがすなわち旧道に違いない。住宅地の中を、車の行き違いもできない狭い道がずっと先まで一直線に続いている。これほどにまっすぐで細い道が残っているのは珍しい。
 この連載で街道を走り・歩いていて気付くのだが、昔の街道はゆるやかに曲がっていることが多い。自然の地形に沿って曲がっていることもあれば、追手の目から逃れる防衛のためにわざと曲がり角がつくられていることもある。しかし、何の障害物もない平野でも道が曲がってつくられているのはなぜか。ランナーとしての経験から言うと、道がまっすぐで遠くまで見通せると、目標までの距離がありすぎて気力がそがれる。そこで、わざと道を曲げて視界をさえぎるのだと思う。ランナーにとって、風景がほとんど変わらない長い直線道路ほど心が折れるコースはないので、昔の旅人もきっと同じことを考えていたのだろう。
 街道は交通量が増えると幅を広げられたり、蛇行した旧道を串刺しにする形で新しい道がつくられたりするが、この道は狭いまま残って、街道としての役割はすぐ横につくられた新道に譲っている。このような例は、日光近くの杉並木街道がそうだった。
 道幅の狭さに感動した後で、今度は幅の広さに驚く。北総鉄道の線路を横切るのだが、その用地が必要以上に広い。この先には千葉ニュータウンという大規模開発地域があり、さらにその延長線上には成田空港があるので、地域の人口増や空港へのアクセス向上のための線路増設を見越したのだろうと想像するのだが、都市計画が予定通りには進んでいないので、今のところは余裕がありすぎる状況だ。
 途中、騎手を目指す若者が学ぶ競馬学校の門前を通過したが、いかんせん中に入れないので、ここで書くべき材料はない。名産のナシ畑を見ながらマンション街の白井に至る。
2016年1月
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