【醤油の産地へ 東行】
64区  神崎~佐原
 
 前回、かわいそうな名前を付けられたワルナスビ(悪茄子)という植物について書いた。しかし、「その程度のことでかわいそうと同情するのは甘い。私の名前こそ知ってほしい」と言いたげな植物を今回は紹介しよう。
 フェンスの金網にからまっているこの植物。中心が赤で周囲が白の小さな花は日の丸をモチーフにしたように見えないこともなく、可憐と言ってはほめすぎかもしれないが、まあ、少なくとも悪い印象の植物ではない。
 さて、この植物の名前はヘクソカズラという。漢字で書くと屁糞葛、ヘ・クソに加えて葛(クズ)とは、まったく踏んだり蹴ったりだ。この名前の由来は、とんでもない悪臭を放つからだそう。ためしに葉をちぎって、おそるおそる鼻を近づけると、少しだけ青臭い香りがする。花が終わった後のまだ青い実をつぶしてみると、指先が黄緑色に染まる。しかし、その名から想像される強烈な刺激が来るかと身構えた割には、幸か不幸か期待外れでたいしたことはない。誰が名付けたのか知らないが、実態よりもかなりひどい名前のかわいそうな植物、ヘクソカズラに同情を禁じ得ない。
 本日のコース佐原は、川沿いに江戸時代からの古い街並みが残っている風情ある所だ。せっかくなので観光客向けの小舟に乗って街の中心部をゆらゆらと進む。かつては利根川の水運で栄えた商業地だが、当時このあたりの産業といえば醤油、酒、みりん、といった発酵食品づくりが定番だ。そんな佐原で酒造業を営んでいた一人が、後に日本全土を測量して日本地図を完成させた伊能忠敬(1745~1821)だ。伊能氏の旧居が保存されており、その対岸には記念館がある。
 伊能忠敬といえば昨年、彼が描いた日本地図の実物大を公開する企画が唐津であり、見に行ったのだが、体育館のフロア一面に展開された地図の迫力と、ただ大きいだけでなく、現代の地図と比較しても遜色ない正確さに圧倒された。
 今回、伊能忠敬記念館を訪ねて感心したことが二つある。ひとつ、彼は49歳まで佐原にて酒造業を営み、息子に家業を譲ると50歳で江戸に上って暦学(今で言う天文学や数学)を学び、55歳から73歳までに全国を歩いて測量して日本全図を完成させている。現代より人の寿命がずっと短かったこと考えると、とんでもない大器晩成だ。しかも、日本全土を歩き尽くす体力がなければできないことを、よくぞその年齢で成し遂げたものだ。学ぶ意欲を持つこと、やってみようと決断すること、そのことと年齢は関係ないのだ、と教えられる。
 ふたつめ、測量には数学の知識が必要だ。たとえば、高低差のあるA・B両地点を地図上に正確に描くには、傾斜した両地点間の実際の距離ではなく、平面上に投影した距離を算出する必要がある。かなり専門的な話になるが、記念館にはその方法が解説してある。すなわち、A地点からB地点を見た時の見上げる角度(仰角)を図り、A・B両地点の実際の距離と仰角のcos(コサイン)を使ってA・B間の平面上の距離を算出するのだ。その計算に使われていた三角関数の計算早見表が展示してある。今から約200年前の日本人はすでにsin,cos,tanを操っていて、パソコンがない代わりに早見表を作っていたのだ。すばらしい。
 佐原は水が豊富で、水によって産業が栄えた街だけに、マンホールの柄も水辺の風景だ。かわいい魚が泳ぐ姿が描かれているが、これはサワラだろうか。そんなわけはないか。
2016年10月
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