震災
 
 このたびの大震災の被害に遭われた方に心からお悔みとお見舞いを申し上げます。
 
 
 3月11日午後、私は宇都宮工場の事務所で机に向かっていた。大きな揺れを感じて机の下に潜ったが、揺れはますます激しさを増す。外へ脱出すべきだと思うものの、そのタイミングがわからない。おそらく私と同じ状況で動けなかった女性の「え〜!みんな逃げちゃったの!」という声で、ようやく意を決して外に避難。工場玄関前の駐車場に集合し、幸いにも工場内で働いていた従業員全員の無事が確認でき、安堵した。
 工場は設備が損壊し、操業を停止した。その後、宇都宮の震度が6強だったこと、近くにある本田技研の研究所で1人が亡くなったことを知った。
 
 
地震翌日の工場内の様子
荷崩れの起きた工場内 落下した排気ダクト 天井パネルが落ちた私の頭上
 
 
 週が明け14日、出勤してきた従業員を集めて朝礼を行なう。無事に顔を合わせることができてなにより良かった。あせることはない、安全が第一、皆さんの生活復旧が第二、工場復旧は第三、と伝える。
 復旧には、宇都宮の従業員のみならず、唐津の工場から工務部門の社員が応援に駆けつけて作業にあたった。建物自体に重大な損傷はなさそうで、業者の協力も得てほぼ順調に作業が進む。
 
 
 そして24日、地震から13日目にして一部のラインで製造を再開した。久々に稼働する製造ラインを見ながら「工場が動くっていうのは、いいものだ。」と工場長が感慨深そうに言うが、まさにその通りだ。しかし、完全復旧にはまだまだ遠い。被災地向けになるものを含め、安定的な商品供給という義務を果たすためにも、全面操業再開に向けての取組みは続く。
 地震発生以来、各方面からいただいたご協力やお気遣いには本当に感謝する。
 
 
 日々報道される被災地の惨状と復興への動き、福島第一原発での作業員の奮闘、おさまる気配のない余震。工場では従業員が「うちの瓦が落ちまして。」とか「家の中は、しっちゃかめっちゃかです。」と言いながら工場の復旧にあたっている。こんな状況の中で、のんびり走ってこのコーナーに駄文を記す、という精神状態にはとてもなれない。
 
 通常の「走らんか!」は休載しますこと、ご了承願います。
2011年4月