- 焼肉のたれ編 (1) -
『匠の技をちょっとだけ』第4弾は【焼肉のたれ】作りに挑戦します。これまでは、【味噌】や【もろみ】といった伝統的な発酵技術に関する匠の技をちょっとだけ体験してきました。今回は、近代的な匠の技をちょっとだけ味わおうと、味噌・醤油に次ぐ弊社の看板商品である【焼肉のたれ】の匠に入門することにしました。
 平成元年に株式会社光琳から発行された、その名も「たれ類」という本によると、たれとは『煮焼きに用いる調味汁』のこと だそうです。たれは〈垂れ〉あるいは単に〈垂〉と書き、動詞「たれる」の連用形が名詞化したものです。
たれ類 −その製造と利用―
太田靜行、鄭 大聲、斉藤善太郎 著
株式会社 光琳
 たれの歴史はすなわち調味料の歴史であり、それは弥生時代〜万葉の頃に塩が作られたことに始まります。その後、室町時代には醤油と砂糖が登場し、今日行われている調理法がほとんど出揃いました。明治時代になるとすべての様式を欧米風に改めることが盛んになり、このことは食生活にも大きな影響を与えました。時代は進んで昭和40年代になると、各種の食品に対して専用の調味料が市販されるようになりました。それまではどの食品に対しても醤油やウスターソースが用いられていましたが、人々はこのことについて特に不満を感じることはありませんでした。しかしこの頃から、専用の調味料、たとえば焼肉に対して専用の「焼肉のたれ」が使われるようになりました。
 昭和42年4月、荏原食品株式会社(現エバラ食品工業株式会社)が焼肉のたれを開発し、生産を開始しました。有名な『黄金の味』が市場に送られたのは、昭和53年6月のことでした。
 昭和42年当時、良質の肉は高価なものであったため、〈安価な肉がおいしく食べられる〉ということを狙いとした商品が作られました。焼肉は韓国料理をルーツとしている為、市販されたたれも“韓国風”のこってり感を強調したものが主流をなし、これにトマト風味をプラスしたバーベキューソース、さらに昭和50年代半ば過ぎにはヘルシー志向を背景に“あっさり”感を強調したものも登場してきました。
 イカリ、マルキン、キッコーマン他が「バーベキューソース」などとしてびんや缶に詰めて発売してから、世の注目を集めました。これらが、保守伝統の醤油メーカーがたれ業界に参入したはしりでした。
 弊社における焼肉のたれ製造は、昭和48年に始まりました。
 右の画像は、昭和49年1月1日発行の社内報【社友】より、販売促進課ニュースの記事です。
 それによると・・・
 焼肉のたれ新発売!!かねてより、商品化が急がれておりました焼肉のたれスタンダードとデラックスの2種が新発売となりました。既存、他社商品との比較キキ味テストの繰り返し、ここにも資材不足の余波が及び(キャップシールの入荷遅延など)発売期が少し遅れましたが、いよいよ各店への発翰をもって、(11月20日)発売開始されました。・・・
・・・商品「ミヤジマ焼肉のたれ」スタンダード、NET210g、小売標準価格150円、「ミヤジマ焼肉のたれ」デラックス、NET228g、小売標準価格200円。・・・PR、テレビも焼肉のたれ新発売!!をうたって、各局から放送します。トロリおいしい、スタミナのつく焼肉のたれ、皆様のクチコミ方もよろしくお願い致します。
 昭和50年には従来のスタンダード、デラックス品に加え、「しょうゆ味」が誕生しました。価格は、デラックスと同じ200円。これを機に、従来の紙ラベルをシュリンクラベル(収縮フィルム)に切り替えたようです。
 その後、150mlや260mlに容量変更するなどして、拡売に力を入れてきました。
 前出の「たれ類」の中で、昭和60年前後のたれ類の需給動向として、次のような記載がありました。
 そもそも【焼肉のたれ】がどのようにして作られているかを知らなかったので、まずは工場見学に行ってみました。
計量。
弊社商品『焼肉たれじまん』には、ごまがたっぷり使われています。
計量した原料はハンディターミナルで記録され、全社一元リアルタイム管理されます。
原料投入。
調合。
できあがり。
 工場見学の後は、焼肉屋に行った後のような香りに包まれていました。私たちも、『たれじまん』に負けないような自慢の焼肉のたれを作りたいと思います!!
第2回 素材の紹介・匠の紹介→