84区 籠原~深谷
気象庁の言葉を借りると“命にかかわる危険な暑さ”が続いていたので、走るのをしばらく自重しておりました。この連載のためには命を懸けてでも走るべきだとか、暑さに負けているようでは夏のレースで勝てないぞ、などの厳しい意見もおありかもしれませんが、ちょっと待ってください。私にはそこまでの使命感はありませんし、まさか東京オリンピックを目指しているわけでもありません。しかも、先月通過したばかりの熊谷が41.1度という観測史上国内最高気温を記録したのです(7月23日)。そんな日本有数の酷暑地帯にわざわざのこのこ出かけて行って炎天下を走り、しまいには救急車のお世話になる、なんてことは断じてあってはなりません。これまで必ず毎月1日に更新していた記事ですが、今回初めて飛ばしてしまいました。このコーナーを読んでいただいているわずかな読者の方々にはまことに申し訳ありません。
とんでもない酷暑がやっと33度くらいの普通の暑さになったところで(それでも十分すぎる暑さだったのだが)、熊谷市から深谷市を目指す。地形はほとんど平坦で、熊が出そうな谷や深い谷はない。何故に熊谷・深谷なのだろうか。街道の案内によると、唐沢川が深い谷底を流れていることから深谷という地名になったのだそうだ。では、その唐沢川なのだが、何ということもない平地を流れていて、熊谷・深谷の謎は解けないままなのであった。
深谷はネギが有名だ。深谷ネギをはじめとして関東のネギは、根元を土で覆って白い部分を長く育てたものが主流だ。途中でネギ畑を通過したが、おそらく夏に収穫されるネギは青い部分が多いこんなネギで、本来のというか深谷らしいネギは冬の物なのだろう。
私は主に九州と関東の食文化の中で生きてきたのだが、大雑把に断言すると九州では青ネギが主で、関東のネギは白い。東西の食文化の違いを自ら歩いて検証されている日経新聞の野瀬氏は、青ネギ白ネギの境界は東海道では箱根にあり、本州の糸魚川―静岡構造線にほぼ沿って分かれることをレポートされている。
ではどうして、白ネギ文化と青ネギ文化が生じたのだろうか。気候や嗜好の違いもあるのだろうが、私は麺類の薬味として使う場合のカラーコーディネートによるのだと考える。すなわち、色の濃い関東のうどんつゆや醤油ラーメンには白いネギが目に鮮やかだが、九州の透明度の高いうどんつゆや白濁したとんこつラーメンに白ネギは目立たず、青ネギの緑色のほうがよく映えるからだろう。以上は私が勝手に考えていることなので、信憑性は保証しませんが。
深谷の街には古い建造物が数多く残っている。この商店は建物の両端に防火壁を兼ねた装飾の壁があり、上部には小さな屋根が付いているが、これが“うだつ”というものだ。聞きなれない単語だが、うだつが上がらない、という言葉で今も使われている。この慣用句の由来は、うだつを上げるにはお金がかかるので、それができない人、つまり今一つぱっとしない人の状態を指す、というのが定説のようだ。しかしどうもしっくりこない、それならば“うだつを上げられない”と言うべきではないか、と思って新明解国語辞典をひくと、(屋根がついているので)いつも上を押さえられていて、よい境遇になれない、と説明されている。なるほど、壁そのものが恵まれない境遇にあるという解釈か。う~む。
立派な駅舎のJR深谷駅に到着するが、これについては次回。
2018年8月
【参考文献】