自粛中 海の生物のまだまだまだ続き
ついにこの連載が120回(10年)に達しました。しかしながら、このところ不要不急の外出は自粛中のため、海の生物で何とか連載をつないでいる状態です。早く街道歩きを復活させないと、ネタが尽きてしまうのが心配です。
10.タコ(蛸) 軟体動物
タコは見かけによらず、と言っては失礼だが頭がいいらしい。タコの生態を研究した書籍によると、タコは学習能力がある、感情を表現する、個体によって性格が違う、無脊椎生物では最高の知能と言ってよいなど、能力の高さが記載されている。あの頭の大きさは、だてではないのだ(本当は頭ではなくて胴だそうだが)。そんなに頭が良くても、漁師が仕掛けた壺を見つけると中に入らずにはいられない、間抜けな習性が憎めない「このタコ!」である。
それでも、8本の足を自在に動かすのだからそれだけでも知能がある証拠だ。8本の足を動かすことがたこに、いや、いかにたいへんなことなのか。足の数がタコの半分の4つ足の動物で考えてみよう。私は馬を真剣に観察する機会が多いのだが、馬はゆっくり歩く時、急ぎ足の時、駆け足の時、全力疾走の時、と足の運びを変える。専門用語では、トモ(後ろ足)の踏み込みがどうだとか、キャンター(駆け足)への移りがスムーズだとか、まあ何の専門用語だかここでは関係ないが、とにかく器用に足を運ぶ。
さらに足の数がタコの1/4の人類はどうかというと、左右左右と交互に足を進めるしかないのだが、ちょっと歩様を変えた左左右右というスキップすらできない人もいる。そんな人が来世でタコに生まれ変わったら、足がもつれてしまってたいへんだろう。とにかく、足を自在に動かす能力において人がタコに劣っているのは確かだ。
スキップもできない人がいると書いたが、私はできる。いや、正確には、うん十年前にはできていたが、今もできるかどうかの確証はない。だからといって、私が突然社内でスキップを始めたら、それを見た社員はどう思うだろうか。「副社長があんなに楽しそうなのだから、会社は安泰だな」と思うか、「いよいよこの会社はだめらしい。さっさと転職しよう」と思うかだ。
退職者が続出しそうなので、やめておこう。
11.ホヤ(海鞘) 脊索動物
タコはなかなか頭がいい生物だが、ホヤはどうか。ホヤは、ヒトをはじめとする脊椎動物も含まれる脊索動物門に分類される。あの形、あの見かけで人に近い動物と言われてもなんだかなあ、なのだが、一方で植物に近いところもあって、植物の細胞壁として一般的なセルロースを唯一生成できる動物なのだ。高等動物に近いが植物にも似ている、「どっちやねん!」という生物だ。
以前の職場に、大学院でホヤの研究をしていたという同僚がいた。実験で使ったホヤは、その後全部捨てていたと言うので、エビやカニを研究テーマにしていれば実験後もおいしく楽しめたのに、という会話をした記憶がある。しかし今思えば、あれは社会人ほやほやのころで、ホヤの本当の味をわかっていなかったのだ。
日本人の何割がホヤを食べた経験があるだろうか。そして、そのうち何割の人がホヤはおいしい、と思っているだろうか。おそらく、たいへんに低い数字だろう。ホヤには独特の風味があって万人が好む味ではなく、悪く言えば臭い。新鮮なものは臭みがないそうだが、私は産地で食べたことがないのでわからない。思うに、人は幼少期の“お子様の味”から、成長するにつれて“大人の味”へと味覚が変わるが、そこからさらに“酒飲み熟年の味”へと変化を遂げる者がいるようだ。年を重ねるにつれて、さんまの塩焼きのうまさは内臓にあるとか、日本酒にはホヤだ酒盗だ、ワインならブルーチーズだなどと、若いころには見向きもしなかった食材の滋味に迷い込むのだ。
ホヤは宮城県が最大の産地なのだが、東日本大震災で大きな被害を受けた。漁場と業者は復興したものの、主な輸出先だった韓国が原発事故に反応して輸入禁止処置をとったため、震災前の出荷実績には遠く及ばず、今もなお厳しい状況が続いているという。そんなニュースを知ってから、ささやかながら復興の一助になれば、と思ってスーパーで見かけたらできるだけ買うようにしているのだが、さすがに毎週買うわけではなく、どの店でも売っているわけでもないので、本当にささやかにしか貢献できていない。
いつもはパック詰めされた切身を買っているのだが、今回初めて丸のままを購入して、その奇怪な生体の解体作業に挑戦した。その結果は、包丁を入れたとたんに中の液体が勢い良く台所内に飛散して、悲惨なことになったのでありました。
2021年4月