自粛中 なかなか終われない海の生き物
26.イボキサゴ、ダンベイキサゴ(通称ながらみ)(貝類)
キサゴという名前の貝を知っている人は少ないだろう。私もつい数か月前まで知らなかったのだが、ある講演をオンラインで聴講したことで知ったばかりだ。
講演は、東京大学総合研究博物館の米田穣教授が千葉県市原市の貝塚について調査した報告で、貝塚に残されている貝殻や動物の骨から、古代人が何を食べていたのかを明らかにした、というもの。古代人が食べていた貝は、私たちが今食べているアサリ、ハマグリ、シジミ、サザエなどと同じだろう、となんとなく思っていたのだが、この貝塚にある貝殻の8割近くはイボキサゴという小さな巻貝なのだそうだ。ちなみに、私の自宅から自転車で行ける距離にある野田市の山崎貝塚の地面を改めて確認したのだが、そこにあるのはシジミや赤貝の仲間と思われる二枚貝の貝殻ばかりだった。東京湾に面している市原市と、現在の地形で東京湾から30kmほども内陸の野田市では採っていた貝の種類も違うらしい。
そうと知ったからには、何としてもイボキサゴを食べてみたいと思ったのだが、食用として流通はしていないらしい。東京湾まで潮干狩りに行かねばならないのか、行ったとしても採れる保証はないし、どれがその貝かを見分ける知識もない。市原市と同じく貝塚の調査をしている千葉市では、このイボキサゴを使った料理を縄文メニューとして売り出す計画があるようだが、待ってはいられない。
イボキサゴを食べたい、何としても食べたい、と調べているうちに、イボキサゴが主に湾内に生息しているのに対して、同じキサゴの仲間のダンベイキサゴは外洋の砂地に生息しており、太平洋沿岸で“ながらみ”という名で少しだけ採られているということがわかった。それではと、さっそく九十九里の水産会社から取り寄せて食べてみた。
味はサザエに似て私は好きなのだが、サザエの肝の部分のような苦みがあるので、それが嫌な人は苦手だろう。そして、いかんせん貝が小さくて身を取り出す手間がかかるので、これで腹を満たすというよりは、小さな貝と黙々と悪戦苦闘しながらちびちびと酒を飲む、というのがおすすめだ。そして何といっても、この貝殻の美しさはなんだ。食べ終わっても捨てるのが惜しいではないか。同じ種類なのに白、黒、灰、茶、シマ、トラ、ブチ、三毛、おっと猫の毛色になってしまったが、それくらい色とりどりそれぞれに個性ある柄だ。この美しさをアピールすれば、もっと一般に流通しても売れるのではないかと思う。
ダンベイキサゴを食べてつい満足したようになっているが、私が本当に食べたかったのはイボキサゴだ。イボキサゴは直径約2cmでさらに小さいらしい。いつか目的を果たさなければ。
27.キス(鱚)(魚類)
前の項で書いた米田教授の研究では、古代人がどんな魚を食べていたのかも残っている骨から調査されている。通常、骨は長い年月の間に酸性の土壌の作用で溶けてしまうのだが、貝塚では貝のカルシウムのおかげで酸性が中和されて残っているのだ。その結果アジ、イワシ、タイ、キスなどが食べられていたことが分かっている。貝とは違って、これらは私たちが今食べている魚と同じだが、今のように動力付きの漁船や丈夫な網やら釣り具がないのに、よく釣ったあるいは捕まえたものだと思う。
寿司屋の湯呑みには、魚偏の漢字が並んでいる。サバは体が青いから鯖、ヒラメは平べったいから鮃、カツオはかつお節にすると堅いので鰹、などはたいへんわかりやすい。そしてキスは喜びだ、という思いを込めて鱚としたとは、昔の人はなんと粋だったのだろう。外来語のkissが入ってきたのは、漢字の鱚ができたずっと後じゃないか、などという野暮な意見はこの際無視しよう。
鱚とkissを結び付けて考えたがるのはよくある話で、たとえば、宇都宮餃子を題材にした映画“キスできる餃子”(弊社が特別協賛)では、映画公開にあわせて“キスできる餃子弁当”がJR宇都宮駅で発売されたのだが、おかずには餃子と並んで、キスのフライが入っていて笑えた。
キスは塩焼き、あるいは天ぷらにして味わいたい。
熱くほてった身をそっと引き寄せ、やさしく口を近づけると、少しだけ甘い香りがほのかに浮き立って鼻腔をくすぐる。あぁ、キス・・・。
ん、なんだかあやしい文章になってきたのでやめよう。
2022年1月