自粛中 こんな名前の海の生き物
46.クマノミ(隈の魚、熊の実)(魚類)
47.イソギンチャク(磯巾着)(刺胞動物)
私の本棚に地球博物学大図鑑という、たいへん大きくて重い本がある。この本はけっして本棚の飾りではなく、しばしば取り出されて活躍しているのだが、この図鑑を私が気に入っているのは、生物の名前が和名だけでなく、英名・学名も並んで表記されているところだ。英名を見ると、英語圏の人たちはこの生物の特徴をどうとらえて名前をつけたのかがわかって興味深い。例えば海の生き物では、ヒトデはstarfish、とかヒラメはflatfishだとか、なるほどと思うことが多い。
そもそも私たちが名前をつけるという行為は、子供が生まれたとか、ペットを飼うことになったとか、限られた場面でしかない。一方、我々メーカーの人間には、新商品に名前をつける機会もある。
当社の商品に“PASTATAI”というパスタソースがあるが、パスタタイの“タイ”って何ですか、と質問されることがある。この商品は鹿児島の黒豚や、博多の辛子明太子など、九州の産物を原料としたパスタソースのシリーズなので、実は商品名も九州弁なのだ。九州の人が「パスタたい」と言えば、「パスタです」、もっと正確にそのニュアンスを訳せば「パスタですよ」「パスタだけど、なにか?」といった意味だ。
生き物がどう名前をつけられたのか。日本における植物学の権威である牧野富太郎博士は、生涯で約1500種の植物を命名されたそうだが、その中には掃き溜めで見つけた菊に“ハキダメギク”、ナスに似ているが始末に負えない草に“ワルナスビ”など、けっこういい加減と言っては失礼にあたるが、楽しんで命名されたと思われるものもある。
ところで、今回の本題に入るが、クマノミという魚がいる。比較的暖かい海にいて鮮やかな縦じまの模様が印象的な小さな魚で、ディズニー映画の主役になった“ニモ”といえば、あぁあれね、とわかっていただける人も多いだろう。
このクマノミの英名はanemone fishという。アネモネといえば花の名前だが、どうしてアネモネがここに登場するのかが今回の疑問の始まりだ。
クマノミはイソギンチャクと一緒に暮らして互いにメリットを得ている(共生している)ことで有名なのだが、そのイソギンチャクの英名はなんとsea anemoneなのだ。ここにもアネモネが登場して、なんなのかと思うのだが、anemoneとはギリシャ語で風に吹かれて揺れているもの、といった意味だそうだ。花というのはだいたい風に揺れているものだが、その代表としてアネモネがその名をつけられ、海中で触手がひらひらしているイソギンチャクは海の中のアネモネのようだ、ということになったのだ。
ちなみに、アネモネの英名はwind flowerという。話を整理すると、風に揺れているwind flowerがギリシャ語のanemoneで、それに似て海中で揺れているのがsea anemoneで、そのそばにいつもいる魚がanemone fishなのだ。
英名の疑問が解けたところで、和名についてはどうだろうか。まず、イソギンチャクは、その名の通り磯に落ちた巾着袋みたいな姿で、なかなかよくできた名前だと思う。そして、イソギンチャクと共生している、映画で“ニモ”のモデルになった魚は、クマノミ類の中でも“カクレクマノミ”という種だ。いつもイソギンチャクの触手の中に隠れている、という意味なのだろうが、私たちが“かくれ”という言葉を使うのは、かくれ肥満とか、アイドルのかくれファンとか、おおやけになっては恥ずかしいし、自分でも認めたくはないのだが、うすうすそうだと自覚している、という場合に使うものだ。しかしカクレクマノミの場合は、とんでもなく派手な色づかいで、今さら“カクレ”と言ってもしかたないだろう、と思う。
カクレはともかく、クマノミは漢字では隈の魚、または熊の実と書くのだが、前者は歌舞伎役者が顔を塗る“隈取り”のように派手な魚(み)という意味だそうだ。隈取りに似ているのは理解できるが、魚を“み”と読むとは初めて知った。そんな読みをする魚は他にいるのかと調べると、いたいた。ただし魚ではなく昆虫なのだが、古い本が虫にかじられていたり、しまっていた衣類に穴が空いていたりすることがあるが、その犯人である“シミ”は紙魚または衣魚と書く。
また、クマノミを“熊の実”と書くのは意味不明で、単なる当て字だろうと思うのだが、熊で始まって実で終わる単語といえば、この連載の83区で埼玉県の熊谷市を通過したときに書いたことを思い出す。熊谷駅前に銅像が立っている熊谷直実(くまがいなおざね)はその地で活躍した武将であり、熊谷真実(くまがいまさざねではなく、まみ)は女優だ。
なお、アネモネの英名wind flowerを直訳すると風花だ。ふうかと読むとこれも女優の名前になってしまうが、冷たい風に吹き上げられて舞う雪を“かざばな”と名付けた日本人の感性は美しい。
2022年11月