走らんか監査役
【栃木県】

118区(連載155回) 那須烏山~那珂川

外来種であるアメリカザリガニは、日本中のきれいな小川や、そうでもない小川にいて、私も小学生のころ捕まえて遊んだ記憶がある。一方、在来種である二ホンザリガニは岩手県・秋田県より北にしか生息していないそうなのだが、栃木県日光の川にいることがわかっている。
 なぜ、北東北と北海道にしかいないはずの生きものが日光にいるのか。それは、大正のはじめに催された、大正天皇ご即位の祝宴に“ザリガニのポタージュスープ”を饗するため、日光の御用邸が北海道から仕入れた二ホンザリガニが夜中に逃げ出してしまい、北東北に負けないくらい寒い日光にそのまま棲みついてしまったのだ。

さて2019年に、その“ザリガニのポタージュスープ”を再現しよう、という機運が那須文化研究会と日光の老舗である金谷ホテルなどを中心に高まったのだった。この話と当社との関わりは、このスープを市販化する手伝いをしてくれる企業を探している、という話を営業担当が聞いてきたことに始まる。私がこんな名誉のある、しかもおもしろそうな話を断るはずもなく、ぜひとも協力させてください、宇都宮工場で製造します、と手を挙げたのだった。

しかしアメリカザリガニならともかく、入手困難な二ホンザリガニをどうやって調達するのか、そこで登場したのが那珂川町にある馬頭高校で(ザリガニの話が本日のお題である那珂川町とようやく結びつきました)、高校で養殖したザリガニを提供してくれることになったのだ。馬頭(ばとう。うまあたまと読むと罵倒されます)高校には水産科があって、淡水に特化して水に棲む生きものの勉強をしているのだ。海がない栃木県なのに、いや海がないからこそ、チョウザメの卵(キャビア)の缶詰をつくったりしていて、なんとすばらしい高校なのだろう。そんなわけで、私にとって那珂川町といえば馬頭高校、と刷り込まれているのだ。
 日光金谷ホテルで催されたザリガニスープの試食会にも参加し、その後ホテルレストランの特別メニューとして実現して成果を上げたのだが、スープの市販化はなかなかうまくいかず、途中で頓挫してしまったのが残念だ。


馬頭高校のそばを通って広重美術館に行く。東京都の墨田区や長野県の小布施町では北斎の美術館に行ったので、これで北斎と広重という浮世絵の二大巨匠の作品を見ることになった。版画というものは、原画を書いた画家だけでなく、何枚もの版木を彫る彫師や、何回にもくり返し刷る刷師の技術にもっと注目すべきなのではないか、と思う。そんな私の思いを諭すように、ここには広重が描いた絵が展示されており、広重が「私はちゃんと絵を描ける画家なのだからね」と主張しているようだった。


広重美術館の隣にある馬頭郷土資料館にも、ついでと言っては失礼ながら行ったのだが、ここで新たな発見があった。
 昨年(2023年)は栃木県が誕生して150年だというので、私はいろいろな機会をとらえて栃木県と佐賀県の深い関係についてアピールしたのだが、そこで話題にした一つが、栃木県の初代県令(今の県知事)は佐賀県出身の鍋島幹という人でした、ということ。
 今回知ったのはその逆パターンで、ここ栃木県那珂川町出身の北島秀朝という人が佐賀県令をつとめていたのだ(1874~1876年)。しかもこの北島秀朝は私が住んでいる千葉県北部ともまた深い関係があって(名前が一字違いの北島秀朗は千葉県出身で、柏レイソルなどで活躍したサッカー選手であることはさておき)、千葉県の農地を開墾した中心人物なのだ。小金牧、佐倉牧とよばれていた御用馬の放牧地を開墾して順に13か所の土地で農業の基盤を作っていて、彼が名付けた地名の多くは今も残っている。


次は、那珂川町北部の山の中にある“いわむらかずお絵本の丘美術館”に行く。この絵本作家の名前を聞いても私はピンとこなかったのだが、絵を見ればああこの絵ねとわかるので、興味ある方は検索して欲しい。それはめんどくさい、という方には私が買ってしまったTシャツを見ていただこう。こんな絵だ。

氏の代表作は“14ひきのシリーズ”。14ひきとは、ねずみの祖父母と両親、そして10ぴきの子供たちの物語。絵本は子どもたちだけのものではなく、大人こそ読むべきもの、という意見に最近よく接するようになったが、この作者の作品もまさにそうで、読んでみるとうんうんとうなずくばかりだ。私の場合はこういう絵に惹かれる面が大きいのだが。

絵本に登場する10ぴきの子供たちの名前は、いっくん、にっくん、さっちゃん、よっちゃん、ごうくん、ろっくん、なっちゃん、はっくん、くんちゃん、とっくん。
 一方、さきほど述べた千葉県で開墾された13の地名は、初富、二和、三咲、豊四季、五香、六実、七栄、八街、九美上、十倉、十余一、十余二、十余三。
 11番目以降はアイデアに詰まったという気がしないでもないが(読みはとよいち、とよふた、とよみ)、ねずみの名前といい、この地名といいほかの言語でこんな応用ができるのかどうかは知らないが、日本語はほんとに良くできた言語だ。そういえば男子に一郎、二郎、三郎・・・と名付けるのも発想としては同じだな。


2024年3月

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