62区 成田~神崎
千葉県の北部を利根川にほぼ沿って走るJR成田線には、難読の駅名が多い。難読といっても、何と読むのか見当もつかない難読ではなく、こう読むに違いないと思っている読みが実は間違っているという、ややこしい難読だ。これまでに通った新木(あらき)、木下(きおろし)、松崎(まんざき)に続いて、今日は神崎(こうざき)だ。
神崎は発酵をテーマに町おこしをしているらしい。なるほど、醤油の産地を訪ねる旅にふさわしい目的地だと期待して、道の駅“発酵の里こうざき”から出発する。施設の前には実際に醤油の醸造に使われていた木桶が展示されているし、上からは酒屋の軒先にある杉玉(酒林)が下がっていて、発酵の雰囲気を醸し出している。
予想最高気温が35度で、雨上がりの蒸し暑い炎天下、周囲にも頭上にも日射しを遮るものがなにもない利根川堤防上の遊歩道は、私らの他に歩行者も自転車もほんとにまったくなく、河川管理の車両とすれ違っただけで進む。くれぐれも熱中症には注意しましょう、と盛んに呼びかけられているこんな日だから、賢明な人は、否、普通の人はこんな所を出歩かない。堤防の上からは、ただただ広い関東平野が見渡せるだけだ。こんな風景を描写した名の野菜があったな。もろ平野。
“発酵の里”とはどんな里かを見てまわる。小さな町の狭い地域の中に酒蔵、醤油・味噌醸造元や麹屋が何軒も営業している。利根川に沿った広い平野なので米作りが盛んで、それが醸造業のもとになり、できた品物を利根川の水運に乗せて江戸へと運ぶことによって産業が発展した、というのは容易に想像できるが、その産業が今に至るまで町ごと継続して営まれているところに価値があると思う。
酒屋さんも醤油屋さんも、門の前から中の雰囲気をのぞかせていただくだけで通過したので、詳しくここに記すことはできないが、発酵の里らしいものとして、民家の庭に甕(かめ)を活用した花壇があるのを見つけた。この甕と同じものが、みりんの産地流山で土塀に使われているのを見たが、こう活用する方法があったか、お見事と感心する。町の案内を見る限り、みりんの醸造元は今はもうなさそうだが、かつてはみりんも醸造されていたのだろう。あるいは、みりんでなく醤油や酒をこの甕に入れていたのだろうか。
花壇にあったのはかめ(甕)だが、町から少し離れたおかべ観音には水を吐き出すかめ(亀)がいるというのでわざわざ見に行く。苔むして周囲と同化しているが、土中から体半分乗り出した亀の口から水が出ている。この水を女性が飲むと母乳の出が良くなる、と言い伝えがあるそうだ。私は飲まないのでどうでも良いのだが、亀が口から盛大によだれを垂らしているようにも見える。
亀の口からよだれとはあまりお上品じゃありませんわね、とおっしゃるあなたへ、別の町で撮った蛙の写真をお見せしましょう。・・・・。
出発点の道の駅に戻って本日は終了、レストランオリゼで昼食をとる。店名のオリゼとは、醸造にかかせない麹菌(Aspergillus oryzae アスペルギルスオリゼー)からとったもので、なんともマニアックな命名だ。メニューも発酵定食、塩麹ラーメンなど発酵食品を使ったものが並んでいて、発酵にかける本気度が感じられる。
オリゼといえば、発酵を研究する農大生を題材にした漫画“もやしもん”で、かわいい主人公菌オリゼーが「かもすぞ~」(醸すぞ)とつぶやきながら発酵に取りかかる場面を思い出す。(この話題こそマニアックだが、漫画の作者は日本醤油協会から平成20年度醤油文化賞を受賞しているのだから、まじめな話題なのだ。)
2016年8月