98区 御代田~小諸
長野県を代表する発酵食品といえば味噌だ。もちろん醤油も清酒もあるのだが全国的な知名度では信州味噌にかなわない。小諸の市街地に入ってまず訪ねたのは、山吹味噌のブランドで販売されている酢久商店(信州味噌株式会社)さん。名前から察するにもともとは酢をつくっておられたのだろう。なんと1674年にこの地で創業されたというから、340年以上の歴史がある老舗だ。
老舗なのに、といっては失礼にあたるが、山吹のロゴは○と△をアレンジしたなかなか現代的でおしゃれなもの。そこに赤い落款が押されていて、伝統と新しさが調和している様子が素敵だ。記念に購入し、この原稿を書いている今は自宅で味わっている。
同じく小諸市内、表通りから一本裏に入ったところにある大塚酒造さんは、こちらも天保年間に創業された老舗だ。島崎藤村もゆかりの酒蔵らしいが、建物の外観を見させていただいただけで失礼する。
小諸といえば、島崎藤村の詩がまず頭に浮かぶ。
小諸なる 古城のほとり 雲白く 遊子(ゆうし)かなしむ
はて、遊子とはどんな意味だったろうか。小諸城内にある藤村記念館にて口語訳を探すのだが見当たらない。英訳があったのでそれを見ると、遊子はtravelerとある。すると、“小諸なる・・・”の一節の意味は“せっかく旅行で小諸城に来たのに曇っていてがっかり”ということか。こんな訳では情緒も何もあったものではないな。そもそも、遊子を旅行者と解釈したのがまちがいで、人生を行きつ戻りつ旅しているような藤村自身、なのだろう。
なお、この詩の最後の一節
濁り酒 濁れる飲みて 草枕 しばしなぐさむ
とうたわれた酒は、先ほどの大塚酒造さんのものだと伝えられているらしい。ついでにこの一節も不謹慎な口語訳をすると、“濁り酒ってのは濁ってるからうまいんだよなぁ・・・と私の意識も濁ってくるのであった”、とこんな感じか。
くだらない解釈で藤村を冒瀆してしまったようで申し訳ない。あらためて詩の全文を読むと、日本語の美しさ、言葉のリズムの心地よさを感じることができる。
小諸城は日本で唯一、城下町より低い土地にある城(穴城)だと説明にある。説明を読んだだけでは実感がわかなかったが、小諸は街全体が千曲川に向かって傾斜しており、その突端にある城の周りは三方が切り立った崖で、自然の城壁になっている。城跡から少し下に降りるだけで崖の高さを感じることができる。なるほど、敵がここを這い上って攻略するのは難しいだろう。
ここは浅間山から噴出した火山灰などが堆積した台地の突端にあたり、それが千曲川とその支流の水流で削られた結果、このような険しい崖が形成されている。千曲川は先日(2019年10月)の大雨で氾濫し、長野県内に大きな被害をもたらしたばかり。水の力をあなどってはいけない。
長野県の醸造業としてはワインもあった。小諸にはマンズワインさんのワイナリーがあるので、足をのばして(ただし自らの足ではなくタクシーで)行ってみる。工場見学だけでなく、高価なワインは有料で、それほどではないワインは無料で試飲できるのがありがたく、十分に堪能させていただいた。私はワインの味や香りについてうんちくを語るほどの知識はないので、そのことについての感想は略すが、一番感心したのは和風建築の土塀の瓦にあるぶどうマーク。こういう細かなところまで気を配っているかどうかで、企業の姿勢というか熱の入れ方がわかるというものだ。
2019年11月