水月湖(福井県)
今回は走らない番外編でご勘弁を。
念願の水月湖にやって来た。と言っても、ほとんどの人は水月湖ってどこよ、何それ、という反応に違いない。私は以前、地磁気の逆転が確認できた地層チバニアンを見に行ったが、そんな地層好きにとっては好奇心を刺激される念願の場所なのだ。
水月湖は若狭湾に面した福井県にあって、周囲の4つの湖とともに三方五湖と呼ばれる景勝地の一つではある。私が訪ねた日はおだやかな晴天だったが、この静かな湖の底には約7万年分の地層が厚さ45mにわたって、1年毎に目に見える形で重なっているのだ。今回の目的はその層を見ること。
1年に1枚ずつ毎年積もった地層の縞模様は年縞(ねんこう)と呼ばれ、昨年オープンした福井県年縞博物館に、1m単位で掘り出された年縞が45mの長さに展示されている。
ただただしましまが並んでいるだけで、興味ない人にとってはそれがどうしたという、おもしろくも何ともない展示かもしれない。幅およそ0.7mmの縞1つが1年。2017年から始まっている層のここが紀元0年、ここが何万年前と最小限の表示があるだけで泥のしましまが続いている。7万年という長い歴史も1年1年の積み重ねだという当たり前のことを目のあたりにして、しましま模様に圧倒される。過剰な演出がないだけに、ただただ純粋に感動する。
しかし、本当に感動するのはこれから。研究者たちはこの縞々を一本ずつ数え、そこに含まれている花粉や葉を顕微鏡下で採取し、その植物の種類を特定し、そこからその時代の植物相を割り出し、数万年単位の気候変動を解明した。一方で葉の化石の放射性炭素を測定することによって年代を測り、そこで得られた放射性炭素年代の測定結果と実際に縞の数を数えた結果を照合する、という作業が縞一本ごとにくり返しくり返しくり返しくり返しでんぐり返しくり返しくり返しくり返しくり返しくり返しちゃぶ台返しくり返しくり返された。その結果得られたデータが“考古学の標準時”“世界一精密な年代目盛り”と称され、水月湖のデータこそが今や考古学・地質学の年代測定における世界一正確な年代の物差しだと評価されている。
どれだけ正確なのか、例えばこの地層はおよそ何万年前のもの、という表現はよくある説明だが、年縞博物館ではこの縞は何万何千何百何十何年(±何年)前と、誤差も含めて年単位で表現されている。ちなみに、展示されている一番端っこの縞は71,231±2,097年前のものだ。ずいぶん誤差があるなと思われるかもしれないが、放射性炭素年代の測定は5万年前を超えるとあまりにも放射性炭素の量が少なくなって正確な分析ができないらしいので、誤差が大きくなるのは仕方ないのだろう。
1年あたり0.7mm幅の縞々が並んでいる中で、ところどころ数㎜から数㎝単位で途切れているのは地殻変動や火山の爆発、洪水による堆積物によるもの。下の写真は7253±23年前に爆発した鬼界カルデラ(九州の南方沖)の火山灰。1000km以上離れた南方から飛んできた灰がここ福井県の湖底に積もったのだ。
年縞の研究には想像を絶する根気と執着心が必要で、とても私には真似できないのだが、しかしそんな行為は嫌いではない、と思ったりもする。すっかりしましまに魅せられてしまった私は、ほんの少しの根気と執着心を使って、お土産に買った年縞定規の模写に色鉛筆で挑戦してみた。いやはや、まことに稚拙な出来ばえである。
それはともかく、年縞は年代順に整然と並んでいて、けっして逆転することはない。なるほど、日本は昔から年縞序列の社会だったのだなぁ。
本縞、じゃなかった本稿を書くにあたり、立命館大学の中川毅教授、北場育子准教授、東京大学の大森貴之特任研究員に大変お世話になりました。ありがとうございます。
ご興味のある方は、福井県年縞博物館のHPをご覧ください。また、北場准教授はマヤ文明衰退の謎に気候変動の側面から迫るプロジェクトを始められ、2020年1月10日まで応援を募っておられるので、そちらもよろしければどうぞ。詳細はコチラ→https://outreach.bluebacks.jp/project/home/13
2019年12月