自粛中 だしの続きだ海の生き物
32.トビウオ(飛魚)(魚類)
かつおだし、こんぶだし、ときたら次は“あごだし”でいこう。“あご”とはトビウオのことで、西日本ではトビウオからとっただしが“あごだし”もしくは“焼きあごだし”として一般的に使われている。そんな西日本ローカルだった“あごだし”なのだが、某大手調味料メーカーが風味調味料の一品種として“やきあごだし”を発売した時には、原料の“あご”の需要が急に増えたため、価格は上がるは品薄になるはで、それ以前から“あごだし”を売っていた弊社のような地方メーカーがたいへん困った、ということもあった。
トビウオはその名の通り水面から飛びあがるので飛魚で、英名でもflying fishという。では、トビウオをなぜ“あご”というのだろうか。じつは、トビウオ(ホントビウオ)の学名はCypselurus agoo agooという。Cyp…が何だかは知らないが、学名にagooがついているから“あご”と呼ばれるようになったのだ。(話は逆で、俗に“あご”と呼ばれていたから学名にagooとつけたのだろうと思う。しかしagoではなくagooで、しかもくり返されているのはなぜだろう。)
トビウオは、水中から陸を経由せずにいきなり空へと飛躍した類まれな生物だ。どうしてそんな劇的な進化ができたのか、他にそんな生物はいるのだろうかと考えると、いたいた、トンボがそうだ。トンボの幼虫である“やご”は水中で暮らしているが、成虫になったとたんに空へと飛び立つ。つまり、yagoはトンボ(飛棒)で、agoはトビウオ(飛魚)なのだ。この類似性は偶然ではないと思う(いや、こじつけだろう)。
真実がどうであれ、いつから“あご”と呼ばれていたのかという疑問は残るのだが、それはずっと昔からだろう。なにせ昔のことを英語ではa long time agoと言うくらいなので。
33.タイ(鯛)(魚類)
“だし”ついでに言えば、鯛からもいいだしがとれる。量販店で鯛の頭と骨が驚くほど安い値段で売られているのを買ってきて、湯通しして臭みをとって、もしくは塩をふってから焼いて、沸騰しないようにやさしく煮ればそれだけでおいしい。
それはともかく、弊社は某スポーツ紙が主催する釣り大会に昨年からさしみ醬油を協賛している。釣りをする⇒釣った魚を刺身にして食べる⇒醤油が必要、という自然な発想の流れで依頼されたのだろうと思うのだが、数ある醤油会社の中でどうして弊社に依頼されたのか、その新聞社の方が挨拶に来られたので率直に聞いてみた。すると驚くべきことにその答えは、この「走らんか!」の連載を読んだので、ということだった。こんなどうでもいい連載をしている会社なら、あるいはこんな魚好きの副社長がいる会社なら話が通るだろう、と思われたようだ。まぁどんなことであれ、反響があっただけでもありがたいことだ。
私は釣りはやらないのだが、海の生き物についてこうして書き続けているくらいだから、魚が好きなことは間違いない。よく言われることだが、魚好きの人は焼魚や煮魚をきれいに骨だけを残して食べる。私もほぼその部類に入っていると思うのだが、タイの頭をていねいに食べていると、魚のような形をした骨、俗に“鯛の鯛”と呼ばれるものに遭遇する。
この骨を見ると、単に料理をおいしく食べた満足感だけでなく、解体作業をやり遂げた達成感を味わえる。ほんとうは、魚の命をすべていただいて感謝する、と書けたらよいのだが、私はそんな言葉がしっくりくるほどできた人間ではない。残念ながら。
2022年4月