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私の似顔絵
(辛亥新春、昭和58年に
描いてもらいました。) |
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会長コラムへようこそ。
酷暑、猛暑。
暑い、と云うより熱かった夏も終わる。
秋色、秋冷。
「燈火親しむの頃」読書の秋を迎える。 |
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今を遡ること1,200年前、中国は唐の詩人、韓愈(768〜824)は、愛息の符に対し、詩を贈る。 |
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時 秋ニシテ 積雨 霽レ(晴れ) |
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新涼 郊墟(郊外の村)ニ入ル |
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燈火 稍(漸く)親シムベク |
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簡編巻舒スベシ(書物をひもとくによい) |
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秋になり涼しくなる。書物を開いて勉学に勤(いそ)しみなさいよ、と励ます。 |
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爾来、秋を「燈火親しむの頃、読書の秋」と称して、おなじみの言葉である。 |
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私の読書歴を飜って考えてみると、自らの力で“読書”をしたのは、やはり中学生の頃からだろうか。実家に並んでいる本棚の中から、気ままに引っ張り出し、日露戦争の戦記ものに血を湧かしたり、菊池寛の『真珠』にちょっぴり大人の世界を垣間見たり、夏目漱石の『坊ちゃん』に溜飲を下げたり、読書力に応じ、手当たり次第に読み漁った。 |
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長じて、戦後の学生時代には、ある種のパフォーマンスも手伝い、およそ理解できぬような哲学書に挑戦したり、恋愛小説にうつつを抜かす。 |
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社会人となっては、ビジネスに関連するもの、経済、歴史、宗教等々、時には古典に親しんだり、話題の本に眼を通したりと、その読書癖はまさに手当たり次第の濫読。今なお、書斎の机上は、常に数冊の本のツンドク中である。 |
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その読書歴は60余年。 |
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読書後、感動のあまり目頭を熱くしたり、あるいは、こんな角度からものを見たり、考えることができるものかと感心したりした本を、思い浮かべると、印象深い数冊がある。 |
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最も感動をうけた名著は、
「海軍主計大尉小泉信吉」小泉信三著/文藝春秋 |
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昭和8年から22年まで、慶應義塾大学塾長だった小泉信三が、太平洋戦争の海戦で戦死した長男信吉への追憶、鎮魂の「幻の名著」を、著者逝去の後、ご遺族のお許しを得て、昭和41年に発刊されたものである。 |
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温かい家庭に恵まれ、すくすくと育てられた長男信吉が、慶応大学、三菱銀行、海軍経理学校を経て憧れの海軍へ。25年という短い生涯を語り、信吉が家族に宛てた手紙と、父信三の親としての愛の交流を描いた淡々とした中に格調高い名文は、惻々として読む人の心をうつ。 |
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父 信三と信吉 |
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軍艦那智に乗船中の信吉に、心残りなく勤務させたいと思い、 父 信三は手紙を書く。 |
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君の出征に臨んで言って置く。 |
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吾々両親は、完全に君に満足し、君をわが子とすることを何よりの誇りとしている。僕は若し生れ替って妻を択べといわれたら、幾度でも君のお母様を択ぶ。同様に、若しもわが子を択ぶということが出来るものなら、吾々二人は必ず君を択ぶ。人の子として両親にこう言わせるより以上の孝行はない。 |
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美しい愛の物語としては、 |
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「手毬」瀬戸内寂聴著/新潮社 |
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良寛と若き美しき貞心尼との純粋な愛を語る。30歳の尼僧が、手作りの手毬を良寛に贈ったことから二人の交流は始まる。40歳の年齢差を越え、男女の愛、師弟の愛は昇華され、宗教的な雰囲気を漂わせる愛の交歓は、寂聴のまめ細い筆で美しく描かれる。 |
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吉本隆明は、瀬戸内の良寛像を『エロスに融ける良寛』と賛美する。 |
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御臨終のシーン |
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「御辞世は」 |
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良寛さまは半分眠ったようにうつらうつらとした声音で、 |
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「散る桜、残る桜も散る桜」 |
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とつぶやかれ、そのままひきこまれるようにすとんと眠りに入られた。 |
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森閑とした時があった。ふと見上げると、端然としたまま良寛さまはすでにひっそりと示寂されていた。眠るが如きお静かなお顔は、私のほうにほのかに笑いかけていらっしゃるように見えた。 |
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尾根の雪がすべり落ちる静かな音が窓の外にした。 |
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貞心尼に代て |
良寛の書 |
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よめる |
はぎが花 |
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さけばとほみと |
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ふるさとの |
しばのいほりを |
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いでしこしわが |
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(大意)
秋になって萩の花が咲くまでは、今からまだ遠いので、古里の粗末な庵を、わたしはあなたに会いに、出てきたのですよ。 |
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印象深い本として、 |
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「空海の風景」司馬遼太郎/中央公論社 |
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日本の思想、宗教の源流をたどると、そこには儒教と佛教とがないまぜあっているが、その中に厳然と存在するのが、弘法大師(空海)だろう。 |
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司馬遼太郎は、三教指帰、性霊集等、空海の全著作を渉猟し、時代を考證しながら、簡潔に力強く、偉大な空海の人間像を描いてくれる。 |
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お陰で、些少ながら、宗教、佛教の片鱗に触れる想(おもい)になった。「空海の風景」の読書後、少しずつ宗教・佛教も嗜んでいる。 |
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思い出すままに、私が出会った本、その読後感を綴らせてもらった。 |
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長い猛暑、日本列島を湧かせたオリンピックも終わった。 |
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新涼灯火、すだく虫の音をBGMに、30余年続けている写経の筆に疲れを覚えると、静かに好きな本を読みふける。 |
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秋の夜の醍醐味である。 |
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参考文献 |
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「海軍主計大尉小泉信吉」小泉信三著/文藝春秋 |
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「小泉信三全集 第11巻」小泉信三著/文藝春秋 |
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「手毬」瀬戸内寂聴著/新潮社 |
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「良寛 詩歌と書の世界」谷川敏朗著・小林新一写真/二玄社 |
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「空海の風景」司馬遼太郎/中央公論社 |
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