私の似顔絵
(辛亥新春、昭和58年に
描いてもらいました。)
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 2005年は、日露戦争後100年。この戦争は、明治維新後の日本の進路を大きく変えた屈折点といわれる。この年、夏目漱石は有名な“吾輩は猫である”を発表する。そして、今年は第二次大戦後60年。そんな想いから、“吾輩は猫である”を繙いてみた。

 吾輩は猫である。名前はまだ無い。
 どこで生まれたか頓と見當がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いて居た事丈は記憶している。
 御存知、文豪夏目漱石のデビュー作ともいえる「吾輩は猫である」の巻頭の数行である。
夏目漱石
(1867-1916)
 本年は第2次世界大戦の戦後60年、日露戦争からは100年であるが、この“猫”が発表されたのも同じ明治38年、従って、今年は“猫”生誕百年である。正直のところ、アレッそうだったのか・・・と意外だった。
 日露戦争における最大の激戦、旅順203高地の血なまぐさい争奪戦は、漸く終焉。明治38年1月1日、午後4時35分に旅順攻囲軍司令官 乃木希典とロシア関東要塞地区司令官ステッセル将軍の間に水師営にて、「旅順口開城規約」が調印されている。
「吾輩ハ猫デアル」
明治38年
10月6日発行
 時を同じうして、俳句雑誌ホトトギスの明治38年1月号に、「吾輩は猫である」が発表され、文壇の話題をさらう。
 日露戦争と猫、いずれも百年。しかし、何ともこの両者は結びつかぬまま、あらためて“吾輩は猫である”を読み返してみた。
 漱石が2年間のロンドン留学を終え、帰国したのは明治36年、その頃、精神的には鬱病となり、経済的、家庭的にもドン底、陰鬱な日々を送っていた。そんな漱石を心配した浜虚子の勧めで猫は誕生する。
 冒頭、「吾輩」とチョッピリ威張った一人称の「猫」、その猫をして作者の自画像を語らしめ、その身辺、日常を描き、出入りする友人・弟子達の会話など、諧謔を交えつつ、世相を諷刺する。
 あるいは、成金の悪趣味を攻撃したり、あるときには西洋崇拝者を思いっきり皮肉る。そしてときには食べ残しの雑煮に食いついた猫が、歯から餅が離れず、もがき、ばたぐり、「猫が踊っている」と子供から面白がられる等のユーモアを交えたりする。歯切れのいい文体、したり顔をしているインテリへの嘲笑は、漱石自身の鬱病の発散の産物でもあったのだろうか。当時の読者を喜ばせたことだろう。
 しかし、この型破りの小説が読まれた頃の日本は、日露戦争の真っ只中、旅順陥落から日本海海戦の奇跡的勝利と、湧き立っていた。
 漱石はこの戦争を“猫”にこう語らせる。
 「先達中(せんだってちゅう)から日本はロシアと大戦争をして居るさうだ。吾輩は日本の猫だから無論日本びいきである。出来得べくんば混成猫旅団を組織してロシア兵を引掻いてやりたいと思う位である。かくまで元気旺盛な吾輩の事であるから鼠の一疋や二疋はとろうとする意思さえあれば、寝ていても訳なく捕れる・・・」と戦争気分を取り入れ、皮肉っている。
 また、猫の主人、苦沙彌先生(漱石自身)が、美大生の迷亭、物理学者の寒月に「大和魂」について手製の名文を読むところがある。
 「大和魂!を叫んで日本人が肺病やみの様な咳をした」
(寒月が褒める)
 「大和魂!と新聞屋が云う。大和魂!とスリが云う。大和魂が一躍して海を渡った。英国で大和魂の演説をする。独逸で・・・」
 「大和魂はどんなものかと聞いたら、大和魂さと答えて行き過ぎた。五六間行ってからエヘンと云う声が聞こえた・・・」
 (迷亭君が)「その一句はよく出来た。君は文才がある。次の句は」とおだてる。
 「三角なものが大和魂か、四角なものが大和魂か、大和魂は名前の示す如く魂である。魂であるから常にふらふらしている。」・・・
 戦争気分に浮かれて大和魂をふりまわしている当時の日本の世相を冷笑しながら、こんな不条理な精神主義に警鐘を鳴らしている。
 日露戦争という国の運命を賭ける戦時体制の中で、漱石は冷静に、ニヒルなまでに世相をとらえている。
 さらに漱石は、猫と平行しながら、生一本で正直、正義感に燃えた“坊ちゃん”を発表する。引き続き、詩的な文で綴られた、自ら俳句小説と称した「草枕」を短期間のうちに書き上げる。
 草枕は、時代は日露戦争となっているから、のんびりと温泉を訪れる気にはなれないはずのところを、20世紀の文明、商業主義、戦争に背を向け、何かを求めて旅を思いたつ。そして、遺作「明暗」に至るまでの10年、『則天去私」』の境地を求め続ける。
 
 太平洋戦争を私達は、ティーンエイジャーの中学生として体験した。当然のことだがその戦時下と、日露戦争当時、漱石が、「猫」、「坊ちゃん」、「草枕」を発表していた現実を比べる。日露戦争以後の日本は、その現実を冷静に判断しえず、その後も富国強兵に走り、果ては、狂気ともいえる軍国主義へ、さらに無謀な戦争へ突入、悲惨な結果を迎える、という国家的な誤りをおかすことになった。それから60年。“猫”は、この百年をどう皮肉って、私たちを見ているだろうか。
 参考文献
「漱石全集 第一巻 吾輩は猫である 上」 解説 小宮豊隆 / 岩波書店
「漱石とその時代 第三部 新潮選書」 江藤淳 著 / 新潮社
「日本文学の歴史11」 ドナルド・キーン著 徳岡孝夫 訳 / 中央公論社