私の似顔絵
(辛亥新春、昭和58年に
描いてもらいました。)
 会長コラムへようこそ。

 梅雨明け十日という。
 しかし、今年の梅雨は長かった。
 お盆を過ぎて、漸く梅雨が晴れる。
 総選挙公示は8月18日、解散から3、40日、今からの日本を、ゆっくり考えて、30日、投票所へ向われたことでしょう。
 政治のことを、ちょっぴり離れて、身近なこと、日本語を考えてみました。
 
日本語さまざま
(一)おいしい
 グルメ番組に登場する可愛いタレントのお嬢さん。
 口を大きくあけてパクリ。一瞬、真面目な顔になる。ひと息ついて、ニッコリ、笑顔になって、“おいしーい!”
 美味と感じて発する感嘆詞のほとんどは、オイシイである。
 はてな?その語感を探ってみると、「お+いし+い」だった。
 “お”は、御で尊敬、丁寧、親しみの意味を表す接頭語。
 “いし”は、よい、すぐれている、好ましい、の古語。
 “い”は、感動したときに、言葉の終りにつけて、意味を強める助詞。
 かくて、「おいしい」が完成している。
 史料としては文化・文政年間(1818~1830年)刊行の『浮世床』という滑稽本に
 「何ぞ“おいしい”物がござりまするなら」と出てくるとのこと。だから、日常の口語文としては、それ以前から使われていたのだろう。うまいより上品な語とある。
(二)ごちそうさま
 食前は、いただきます。食後にも感謝の意をこめて「ご馳走さま」と手をあわせる。食事の作法の始まりである。
 食事を準備するために、「馳走」、馳せ、走り回ることから、お客さんにふるまい、もてなすの意味となり、さらに感謝の意になったと解されている。
 馳走から「御」馳走へ、さらにお御馳走さま(様)へと丁寧さが重なる。
 
 このように「御」は、オ、ゴ、ミとも読む。とくに、上流社会の女房ことばとして、尊敬する人の事、物の冠につけたことにはじまり、一般人まで丁寧に言おうとして、お菓子、お米、・・・とほとんど無意識に「お」をつけている。
 
 もう少し、類似語をたどってみる。
 あし、足といえば単なる体の一部の名称だが、「おみあし」といえば、上品なお色気さえ醸し出す。
 漢字だけ書けば、勿論「御御足」となる。
 
 「おみあかり」も灯の尊敬語。
 漢字では「御御灯」である。
 現在は、スイッチのONを押すと、部屋中パッと明るくなるが、電気のない時代の灯火は、貴重な存在だったのだろう。
 御の字を重ねた言葉の最たるものは味噌汁の丁寧語、「オミオツケ」だろう。漢字で表現すれば「御御御付」として、広辞苑に登場している。みそがこれだけ、丁寧に表現されているとは、みそのメーカーとして、ありがたいことではある。
(三)生ビールと生揚げ
 8月のお盆を過ぎて、漸く夏が来たという。残暑きびしい昨今である。ビール党にとっては、冷えたビールを飲み干す快感は恍惚のひとときであろう。
 ビールを醸造した後、加熱殺菌をしないビールを生(なま)ビールと称することはご承知の通り。
 ところで、醤油の場合、諸味を熟成した後、絞った液体は「生(き)揚げ」という。
 一般の人には、すぐにキアゲとは読めないようである。
 
 ところで、「生」という字の読み方はさまざまである。
 音としてのセイ、ショウにはじまり、生(い)きる、生(うま)れる、生(は)える、生(な)る、生(き)、生(なま)。
 
 こんなに多くの読み方があり、それぞれ微妙に意義が異なるのだから、生(なま)と生(き)と読み分けるのは大変である。
 
 生(き)は純粋、まじり気がないこと
  生真面目、生糸、生娘・・・。
 生(なま)は、動植物を採取したままのもの。
  生野菜、生卵、生放送・・・。
 
 こうみてくると、醤油の原液を生(き)揚げと呼ぶのがふさわしく、歯切れもいい。
 ところが、最近、醤油の製品に生(なま)醤油がでまわったというが、どんな概念なのだろうかと違和感を持っていたところ、「しょうゆJAS規格」及び「品質表示基準」の見直し検討の結果、生(なま)醤油と生(き)醤油の定義が10月頃には発表されるという。
 生(なま)と生(き)が、それぞれ、ひとり歩きして迷ってしまっては困るが・・・、これで消費者の皆さんにすっきりと説明できると安堵している。
(四)唐津東港と唐津東高 同音異義
 私どもが住んでいる唐津は、古来から朝鮮半島へ、あるいは中国への港町だった。その港に新しく「唐津東港」岸壁が整備された。
 一方、旧制唐津中学は学制改革で唐津高校へさらに「唐津東高」と唐津西高になった。
 ともに、「カラツヒガシコー」と発音するので、お互いに会話しているときには、一瞬、頭の中でどっちが話題の中心か迷うことがある。
 考えてみると、この唐津東コーの事例のように、日本語に「同音異義」が多いのは、日本語の成立過程から別に珍しいことではない。いつの間にか私たちは同音異義を会話の中で選択しながら話を続けているようだ。
 
 例えば、コウカイと発音すると、
  公海、公開、更改、後悔・・・
 コウガイ
  口外、口蓋、公害、慷慨・・・
 セイコウ
  生硬、成功、西郊、性行、精巧、製鋼・・・
 等々、数えあげたらキリがない。
 最近は、ワープロの時代、漢字の変換ミスで、文章の中に突然、意味不明の漢字が出現し、ほとんどの人が微苦笑された経験をおもちだろう。
 同音異義は漢字、熟語に多いが、これらの字句を漁って面白がる人もいる。
 例えば、技師の義姉の義歯、東名高速、透明高速、最も面白がるのが成功と性交、だろうが少々品格に欠ける。
 しかし、一方では、同音異義をうまくシャレに使えば、ユーモアを誘い、雰囲気を和らげもする。
 こんな洒落は、古来からの大和言葉にもある。飽きと秋、松と待つ等・・・・・・
(五)美しい日本語
 日本語は、日本で育った大和言葉があり、漢字、漢文の力を借りて、万葉仮名によって大和言葉を表現し、平仮名、片仮名をつくり、漢字を訓読みして、漢字まじりの文、言葉へと発展させ、すばらしい日本語を創り出している。
 この頃、日本語の乱れを指摘されて久しい、日本語の良さをもう一度見直し、IT社会にふさわしい言語を育てたいものである。
 私の好きな日本語を思い出すままに並べてみる。
 あけぼの、さみだれ、たそがれ、しぐれ、おぼろ月、かげろう、ゆかしい、おもはゆい、つつがなく、たたずまい、ひねもす、しじま、花いかだ、ことだま、まほろば、おてんとうさま、山笑う、花明り、蛍の光、絆、薫陶、私淑、躾、健気・・・・・・、去華就実
 
 「近年、文化財の保護ということが重視されているが、吾々の護るべき第一の文化財は日本語そのものでなければならない筈だと思う」
小泉信三 『平生の心がけ』より
参考文献
 広辞苑  岩波書店
 日本語の美  ドナルド・キーン 著  中央公論社
 古語辞典  旺文社
 標準古語辞典  旺文社