3.味噌の科学

1.米コウジと麦コウジ.
2.いろいろの味噌
3.手前みそ
4.味噌と健康
5.がん予防と味噌
6.ギャバ(GABA)

 

1.米コウジと麦コウジ


 味噌は、大豆を含む穀物を発酵熟成させてつくった食品です。いっぱんに穀物から発酵食品をつくるには、高分子(大きな分子)であるタンパク質やデンプンを分解して、低分子(小さな分子)にする必要があります。これを「消化」と言います。人間の胃や腸で行われる過程といっしょです。味噌づくりにおいては、穀物をカビさせることで、つまり微生物の一種であるカビの力で高分子の分解を行うという手法を採ります。この微生物をコウジカビあるいはコウジ菌(麹菌)と言い、この菌が出すプロテアーゼという酵素の力でタンパク質はオリゴペプチド、更にはアミノ酸という低分子になります。いっぽうアミラーゼという酵素は、デンプンを糖という低分子に変えます。だいたい一週間から数ヶ月かけて、この生化学過程は進行します。宮島味噌に用いられるコウジ菌は、アスペルギルスオリゼ(Aspergillus oryzae)と呼ばれる黄色い色素を持った菌です。なお、コウジづくりについては「醤油の科学」も参考にしてください。
  味噌づくりにおいては、まず米(あるいは大麦)に水を吸わせて蒸し、デンプンを糊化したうえで、これにコウジ菌を接種して米コウジ(あるいは麦コウジ)をつくります。いっぽうで大豆を加圧釜で蒸しておき、蒸した大豆と米コウジとを混ぜて発酵させたものが米味噌、蒸した大豆と麦コウジとを混ぜて発酵させたものが麦味噌です。また、米コウジと麦コウジを混ぜたものを「合わせコウジ」と呼び、それと蒸した大豆とを混ぜて発酵させたものが合わせ味噌です。
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2.いろいろの味噌

  米味噌麦味噌、および合わせ味噌が現代の代表的な味噌ですが、原料の比率、発酵温度、発酵時間の長さ等により、日本の各地にはひじょうに多種の味噌があり、それぞれが生産地の地理的特質と人々の食生活の伝統を映し出しています。
 全国的には米味噌が多くつくられています。米の主成分はデンプンです。コウジ菌の出す強力なアミラーゼによってデンプンが糖に変わるので、米を多く含む味噌は短期で仕上がります。こうしてつくられる「若い味噌」は、薄いクリ−ム色の美しい、甘い味噌となります。京都や瀬戸内地方の「白味噌」と呼ばれるものが有名で、上品な日本料理にぴったりです。酢味噌にも適しています。
  いっぽう大豆に対する米の量を減らすと、発酵と熟成に時間がかかりますが、豊富な大豆タンパクから生まれるアミノ酸が芳醇なこくと味をもたらし、褐色で辛口の長熟米味噌ができあがります。「赤味噌」と呼ばれることもあります。熟成期間が長くなると、タンパク分解が進んでアミノ酸の量が増え、味が豊かになると共に、還元糖に代表されるカルボニル化合物とのあいだでアミノカルボニル反応が進行し、褐変物質が生まれます。これが褐色の原因です。長い熟成期間において雑菌の繁殖を抑えるために、塩分濃度を幾分高めに設定します。
北国の米どころには、秋田味噌、越後味噌など、良質の長熟米味噌があります。寒い地方で冬の貴重なタンパク源としてつくられてきた味噌がその原形となっています。信州味噌は長熟米味噌のひとつですが、褐変反応を抑える工夫をすることにより、長熟にしては色の明るい味噌を実現しています。
 麦味噌は、昔から農家で自家製の味噌としてつくられることが多かったようです。米が年貢でお上に取り上げられるから、自家用には麦を使うしかなかったとも言えます。それで「田舎(いなか)味噌」という呼ばれ方もします。特に佐賀平野が日本を代表する麦の産地であったことから、佐賀県にはおいしい麦味噌をつくる伝統があります。麦にはタンパク質が程よく含まれるので、米味噌のストレートな甘さに比べると味に深みがあり、また芳ばしい香りに特徴があります。
  米や麦をほとんど使わず、大豆だけでつくる味噌を豆味噌と言い、愛知県の八丁味噌が有名です。原料デンプンが乏しいので酵母発酵の香りはなく、アミノ酸が豊富なので味が濃く、色は濃い褐色です。中部地方では味噌汁だけでなく、トンカツ(味噌カツ)や焼鳥のつけだれとしても使われます。
 宮島味噌の主力商品は合わせ味噌です。米コウジと麦コウジから「合わせコウジ」をつくり、それと大豆とを混ぜて発酵熟成するという手間をかけています。単に米味噌と麦味噌を混ぜるのでなく、コウジ段階で混ぜるので、発酵期間のあいだに、ストレートな米の甘味と素朴な麦の風味がよくバランスし、おいしい味噌ができます。唐津の地で合わせ味噌が好まれるようになったのは、佐賀の麦味噌づくりの伝統のうえに、魚料理を引き立てる味を人々が求めてきた結果であろうと思います。またミヤジマでは、塩分濃度を9 %程度にまで抑えた、いわゆる「あま塩」タイプの味噌を中心につくっています。
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3.手前みそ


  自分のことを誇る、自慢することを「手前みそ」と言います。昔、農家の人々は自前で味噌をつくっていましたが、原料の前処理、原料バランスと塩分濃度の設定、コウジづくり、発酵の管理など、味噌づくりは複雑な作業でした。特に、雑菌が繁殖するのを防ぎながらコウジ菌や酵母を活発に働かせるために、たいへんな神経を使ったものです。「味噌づくりは芸術」という言葉さえあります。農家には各々、先祖から伝わる味噌づくりの秘伝がありました。家々が自分のうちの味噌が最高と自慢して譲らなかった、昔の人々の頑固な気質が、「手前みそ」という言葉にこめられています。
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4.味噌と健康


  日々の食事において大豆が理想のタンパク源であることを、「大豆の科学」において紹介しました。味噌はこの大豆を消化、発酵させることによって、人々がより吸収しやすい形にした食品です。大豆タンパクとその消化生成物であるアミノ酸類は身体組織をつくる栄養素であり、トコフェロール、イソフラボノイドなど抗酸化物質には、動脈硬化、高血圧症など、様々な成人病、生活習慣病を予防する働きがあります。味噌にはこれらの機能成分がバランスよく含まれていますが、味噌を他の食材といっしょに食べることで、健康増進効果はいっそう増します。具入り味噌汁はその意味で理想的な食品と言えるでしょう。
  毎日の食卓に味噌汁を添えることで、大豆の栄養と適度の塩分を摂取できるだけでなく、大豆に不足しているビタミンCカロチンアントシアニンなどを具のかたちで野菜、海藻、芋類から採ることができ、また動物性タンパク質を魚介類の具として採ることができます。味噌汁の具には無数のバリエーションがあり、それらを工夫するところに、毎日の料理の楽しさのひとつがあると言えるでしょう。
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5.がん予防と味噌


  味噌にがん予防効果があることを示す研究は数多くあります。ここでは2−3の例を紹介します。1971年、国立がんセンター研究所の平山 雄博士は、毎日の食事で味噌汁を食べる度合いと胃がんによる死亡率とのあいだに強い相関があることを発見し、日本がん学会において発表しました。それによると、味噌汁を毎日食べる人は、全く食べない人に比べて男性で33%、女性で31%も胃がん死亡率が低いという結果です。


  広島大学原爆放射能医学研究所の伊藤明弘教授は、マウスに中性子線を照射した後の肝臓がん発生率を調べました。一般飼料を与えたマウスでは雄の62%、雌の25%にがんが発生しましたが、味噌入りの飼料を与えたマウスでは発生率が雄で24%、雌で10%という低率でした。味噌汁によるがん発生の抑制効果は、性によらず約60%という高率です。


  伊藤教授は1999年9月の日本がん学会では、発がん物質投与後の発がん率についても調べて発表しています。乳がんを発生させる物質をラットに与え、18週間後に調べたところ、一般飼料を与えたラットの90%に乳がんが認められたのに対し、赤味噌入りの飼料を与えたラットでは発がん率は60%でした。


  発がんの生理機構には、まだ解明されていない部分が多いのですが、味噌にそれを抑制する効果があることは確かなものとして、研究者のあいだでも認められつつあります。
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6.ギャバ(GABA)

 ギャバ(あるいはガバ)という言葉を聞いたことがありますか。正式にはガンマアミノ酪酸(らくさん)と言い、H2N-(CH2) 3-COOHという化学式で表される、アミノ酸の一種です。英語名がGamma-AminoButyric Acidなので頭文字を取ってGABA(ギャバ)と略称されています。人間など哺乳動物の体内では脳に多く存在しており、抑制性の神経伝達物質として重要な役割を果しています。

GABAは、体内でほとんど中枢神経系だけに存在する、グルタミン酸デカルボキシラーゼという酵素によって、 L-グルタミン酸から合成されます。
 1980-90年代、世界各国で脳の研究が進み、神経伝達の機構はかなり解明されましたが、それと共に、 GABAのさまざまな生理作用が注目されるようになりました。例えば動物の脳内GABA濃度を低下させるとけいれんが起こること、初老期痴呆や精神不安定の患者の脳においては GABA濃度が低下していることなどが報告されています。逆にGABAの投与によって脳代謝が活発になることが分かってきたので、自律神経失調症、更年期障害、初老期精神障害などの治療に GABAが用いられるようになりました。また、GABAに血圧降下作用のあることも示されました。このようなことから、日本でも 1992年にGABAは厚生省特定保険用食品の「健康に関与する成分」として認証されました。

 味噌や醤油づくりに用いられるコウジ菌が、大豆タンパクからこの GABAを作り出しており、味噌や醤油の中にGABAが多く含まれていることが最近の研究によって分かりました。醤油や味噌の発酵槽の中で、 L-グルタミン酸の酵素的脱炭酸反応によって合成されているようです。今後、GABAの生理作用の機構が解明されるにつれて、大豆発酵食品のよさがますます認識されてゆくことでしょう。
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